(当事務所の取扱業務)
① 訴額140万円以内の「民事訴訟」・「民事調停」に関する代理
裁判外和解(代理)
訴え提起前の和解(代理)
法律相談(司法書士が代理し得る訴訟事件の法律相談)
② 地方裁判所等は、「訴状・答弁書・準備書面」等の裁判書類作成
裁判書類作成事務の相談
* 司法書士が関与(裁判書類作成業務)する地方裁判所等の訴訟は、「本人支援型訴訟」といい、司法書士が「裁判書類を作成」 し、訴訟の当事者(原告又は被告)が「口頭弁論期日に出頭」することになります。
・ このような裁判のやり方は、「① 自分で法廷に立って争ってみる」という場合や「② 事件について、証拠が定かでないため弁護士に断られたが、このままではどうしても納得がいかない」という場合などに利用されます。
③ 和解書・示談書等各種文案書類の作成代理
和解書・示談書等各種文案書類作成の相談
和解・契約等の非紛争的事案に関する契約締結代理
④ 告訴状・告発状の作成(検察庁等へ提出)
告訴状・告発状の作成事務の相談(検察庁へ提出)
告訴状・告発状の作成代理(警察へ提出)
告訴状・告発状の作成事務の相談(警察へ提出)
告訴状・告発状の警察への提出手続代理
(目次)
1 日本の医療
2 医療契約
(1) 医療契約の成立
(2) 医療契約の当事者
(3) 医療契約の効果
(4) 医療契約の終了
(5) 医療契約の法的性質・特性
3 医療過誤訴訟
(1) 医療関係者、医療事故・医療過誤訴訟の概要等(平成26年末現在)
(2) 医療過誤訴訟で医師が追及される法的責任(3種類)
(3) 医療事故の紛争解決方法
(4) 実務上の論点
4 医事刑法
(1)「治療行為」・「医療行為」と刑法
(2) 刑事医療過誤(医療事故と医療過誤)
5 インフォームド・コンセント
1 日本の医療
日本の医療は世界最高水準にあり、かつ、健康保険は世界に冠たる国民皆保険制度が採用されています。
・つまり、日本国民全員が、健康保険制度を利用して安価に、世界最高水準の医療を受けることができるのです。
我々日本国民は、この幸せを、再認識すべきではないでしょうか。
・ところで、昨今、不幸にも新聞やテレビで医療過誤問題がとり上げられることが多くなっていますが、誠に残念なことです。
・医療過誤問題が発生する原因は様々ですが、それらを少なくするには、「医療を提供する側の医療レベル(医療行為における注意力を含む)の向上」はもちろんですが、「患者側も、診断の際は正確な病状を伝え、医師が適切な診断をなし得るようにすることが大事」なことです。
・日本の優れた医療・健康保険制度の維持、発展のためには、医療行為に当り、医療を提供する側も受ける側も「医療契約の意義」を理解し、「医師と患者の意思疎通」を良くし、互いに協力することが必要です。
・そこで、その一助として医療行為に関する法律関係について掲載します。
2 医療契約
(1) 医療契約の成立
ア 医療契約の定義
医療契約とは、医療側が患者に対して、最善の医療を提供し、患者がその医療行為に対して対価を支払う「有償・双務の諾成契約」のことです。
イ 医療契約の成立(申込みと承諾)
医療契約は、患者側の医療提供の申込と、医療側の承諾により成立します。
(申込・承諾の方法)
申込・承諾の方法は自由であり、明示でも黙示でもかまいません。
ウ 患者の申込方法
いつ、どのような医療機関で、どのような治療を受けるかについては、患者が自由に選択できます。
エ 医療側の承諾(応召義務との関係)
医師には、「診療に従事する医師は、診察治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」という医師法上の義務(歯科医師、薬剤師、助産師も同じ)があります。
(ア) 応召義務の根拠
応召義務(求めに応じなければならい義務)は、医療行為を独占する医師らがこれと引換えに負担する公法上の義務に過ぎず、「医師本来の職業上・倫理上の義務」にその根拠があると考えられています。
(イ) 診療拒否の正当事由
診療拒否の正当事由は、「社会通念上、健全と認められる道徳的な 判断によるべき」とされています。
(具体例)
あ 正当な事由に当る例
下記理由により、実際に診療が不可能な場合
① 医師が不在であること
② 医師が病気であること
③ 他の患者の治療中であること
い 診療拒否の正当な事由に当らない例
① 医療費の不払いがあること
② 診察時間外であること
③ 特定の場所に勤務する者のみの診療に従事する医師であること
④ 天候不良であること
⑤ 専門外の疾病であること
(2) 医療契約の当事者
ア 患者側
(ア) 行為能力のある患者の場合
成人で意思能力のある患者(=行為能力のある患者)の場合は、患者自身が医療契約の当事者となって契約を締結することができます。
* 夫婦の一方が患者となり、他方が診察を依頼した場合は、代理人による契約となるが、日常家事債務となり、夫婦が連帯して診療報酬を支払う義務を負います(民法761条)。
(イ) 行為能力はないが意思能力のある患者の場合
医療契約は、意思能力があれば契約を締結することができます。
(理由)
医療契約は、財産の処分に関する経済取引行為と異なり、自己の生命・健康にかかわる事柄であるので、意思能力があれば医療契約を締結することができます。
(医療契約締結の方法)
① 患者自身が、法定代理人の同意を得て契約を締結する方法。
② 法定代理人が、代理名義で契約を締結する方法。
③ 未成年者は、自ら、医療契約の締結ができます。
* 原則として、未成年者が締結した医療契約を、法定代理人が取り消すことはできません。
ただし、下記の契約は取消しの対象となります。
(ⅰ) 高額な美容整形契約
(ⅱ) 健康保険の対象とならない高額医療
(ウ) 意思能力のない患者の場合
意思能力のない患者は、親権者、成年後見人等の法定代理人が契約の当事者となります。
* ① 胎児・新生児の診療(判例)
「産婦(出産した場合は、親権者となる)を要約者、産婦人科医療機関を諾約者、胎児を第三者」とする「第三者のためにする契約」が成立し、出生時に、親権者が黙示に受益の意思表示をしたとする判例があります(名古屋地判平成元年・2・17)。
② 法律用語の意味
(ⅰ) 意思能力とは
行為の結果を弁識し得る精神能力のことです。
・意思能力のない者が締結した契約は、無効となります。
(ⅱ) 行為能力とは
単独で、契約のような「法律行為」をなし得る能力のことです。
(ⅲ) 法律行為とは
権利の得喪・変更を目的とする「意思表示」を要素とする合法的な行為のことです。
(ⅳ) 意思表示とは
特定の法律効果の発生を意欲してする意思行為のことです。
(ⅴ) 任意代理とは
本人の意思に基づいて代理権が生じることです。
(ⅵ) 法定代理とは
本人の意思ではなく、法律の規定に基づいて代理権が生ずる場合を、法定代理、その代理人を法定代理人といいます。
(法定代理人の例)
a 親権者
b 後見人(未成年後見人・成年後見人)
c 不在者の財産管理人
d 相続財産管理人
イ 医療側
医療側の医療契約の当事者は、下記のようになります。
① 個人開業医の場合
医師自身です。
② 法人化した医療法人の場合(多数説の考え方)。
法人の開設者・代表者です。
* 勤務医等の医療従事者は、履行補助者となります。
(理由)
開設者と担当医との雇用契約の中で、担当医には、患者との医療契約の具体的決定についての権限が委ねられていると解するので。
ウ 保険診療の場合の医療契約の当事者
保険診療の場合であっても、医療契約の当事者は、「医師らと患者さん」 になります。
(3) 医療契約の効果
医療契約は、「医療側が患者に対して、医療を提供し、患者が、これに対して対価を支払うことを基本とする双務契約」です。
ア 医療側の負担すべき債務
医療側は、最善の医療を提供する義務を負うが、詳細は下記のとおりです。
① 最善の医療を実施する義務
② 問診義務
③ 説明義務
④ 安全管理義務、院内感染対策義務
⑤ 遺族への死因説明・解明義務
⑥ 診療録記載・保管・開示義務
⑦ 個人情報保護義務
⑧ 証明文書交付義務
医師には、診断書、検案書、出生証明書、死産証書の交付義務があります。
イ 患者側が負担すべき債務
患者側には、「診療報酬支払義務」があります。
* 病院の治療費は、治療後3年間、病院から請求がなかったり、患者側で治療費があることを承認しなかった場合は、消滅時効にかかります。
(4) 医療契約の終了
医療契約は、下記の原因によって終了します。
ア 医療契約の終了原因
① 当事者の死亡
② 当事者の破産手続開始決定
③ 受任者の後見開始審判
④ 医療行為の完了、不能
イ 当事者からの解除(解約)
委任契約は、当事者双方からいつでも解除できますが、医療契約は準委任契約ではありますが、その性質上下記のような特色があります。
① 患者からの解除
患者は、医療契約を締結したとしても、いつでもその契約を解除することができます。
② 医療側からの解除
医師らには、応召義務があるので、正当な理由がない限り、医師側から解除することはできません。
(5) 医療契約の法的性質・特性
ア 医療契約の法的性質
医療契約は、事務処理の完成(診断・治療の結果の治癒)を目的とする結果債務ではなく、その疾患の診断・治療のために必要な最善の医療を実施することを目的とする手段債務です。
・医療契約の法的性質には、「準委任契約説・請負契約説・雇用契約説」などいろんな考え方がありますが、通説・判例は準委任契約説をとっています。
* 準委任契約の意義(民法656条)
準委任契約とは、法律行為以外の事務の処理を委託する契約のことです。
イ 準委任契約について
・疾患の診断や治療を目的とするものとは相違した目的を持つ下記のような医療行為は、準委任契約とはいえないという考え方もあります。
・法的性質としては、請負契約に近い性質を有する契約といえます。
・しかし、現在の判例では、準委任契約として取り扱っています。
(準委任契約の例)
① 美容整形(隆鼻・豊胸手術、二重まぶた手術等)
② 義歯・義足・義手の製作
③ 歯の矯正・審美歯科・インプラント治療
④ 健康診断などの健康状態の検査
⑤ ドナーの臓器の摘出手術
* 請負契約の意義(民法632条)
請負とは、当事者の一方が、ある仕事を完成することを約束し、相手方がその仕事の結果に対して報酬を支払うことを約束する契約のことです。
3 医療過誤訴訟
(1) 医療関係者、医療事故・医療過誤訴訟の概要等
ア 日本の主な医療関係者は、おおよそ下記のとおりです。
① 医師 約33万9,000人(令和2年末現在)
(令和4年度 医師国家試験合格者 9,432人)
② 歯科医師 約10万7,000人 (令和2年末現在)
(令和4年度 歯科医師国家試験合格者 2,006人)
③ 看護師 約128万人 (令和2年末現在)
(令和3年度 看護師国家試験合格者 59,344人)
④ 准看護師 約28万4,000人 (令和2年末現在)
(令和3年度 准看護師国家試験合格者14,122人)
⑤ 薬剤師 約32万1,000人 (令和2年末現在)
(令和4年度 薬剤師国家試験合格者 9,602人)
⑥ 診療放射線技師
約5万4,000人 (平成29年現在)
⑦ 理学療法士
約9万1,000人 (平成29年現在)
イ 日本における医療事故・医療訴訟の概要は、下記のとおりです。
(ア) 医療事故
平令和3年度に、医療機関から報告された医療事故は5,000件を超え、5,243件に達しました(日本医療機能評価機構が集計している統計結果です)。
・この数字は、医師全体の1.5%弱に当ります。
(医療事故統計の内訳)
① 報告が義務付けられている「大学病院・国立病院機構」分は、4,674件です。
② 上記以外の医療機関(参加登録申請医療機関)分は569件です。
* 上記②の医療機関の場合は、報告されていないだけで、実際にはもっと多くの医療事故が発生していると思われます。
(イ) 医療過誤訴訟
新規に提起される医療過誤訴訟(本来、司法統計では「医療関係訴訟」と表記されています)は、ここ数年800件前後で推移しています。
・新規に提起される医療訴訟は、毎年約800件ですので、毎年訴訟に巻き込まれる医師は、全体の0.25%程度です。
・医療過誤訴訟の平均審理期間(訴訟提起から訴訟が終結するまでにかかる期間)は約27か月(2年3か月)です。
・これは、通常の訴訟事件の約2倍の期間となります。
(2) 医療過誤訴訟で医師が追及される法的責任(3種類)
医療過誤訴訟では、医師等は下記の3種類の責任が問題提起されます。
ア 民事責任
(ア) 民事責任の意義
民事責任とは、民事上の損害賠償責任のことです。
* 損害賠償額の決定方法には、下記のような方法があります。
① 和解による方法
② 訴訟による方法
(イ) 民事責任の法的性質
民事責任の法的性質には、下記の2つがあります。
① 債務不履行責任
債務不履行責任とは、医師が医療契約によって課せられた義務を全うしないために発生する責任のことで、医療契約の債務者である医療施設の開設者がその損害賠償責任を負います。
(詳細)
(ⅰ) 医療施設の開設者の責任
医療施設の開設者は、患者に対し損害賠償責任を負います。
(理由)
債務不履行責任は、契約当事者間(医療施設の開設者と患者)の問題なので、医療施設の開設者が患者に対し直接責任を負うことになります。
(ⅱ) 医療機関に雇用されている医師の責任
雇用されている担当医師は、患者に対し、債務不履行による損害賠償責任を負いません。
(理由)
雇用されている医師は、医療契約の当事者ではないからです。
* 債務不履行による損害賠償請求権の消滅時効
債務不履行による損害賠償請求権は、債務不履行(不完全履行等)による損害賠償請求権が発生した時から10年間行わなかった場合は、消滅時効により消滅します。
② 不法行為責任
不法行為責任とは、医師等が医療行為を行うに当たって、過失によって患者に損害を発生させたことにより生じる責任のことです。
・責任者は下記のとおりです。
(ⅰ) 医療開設者
(ⅱ) 医療に携わった医師・看護師等
(理由)
不法行為責任の追及には、医療契約の締結者であることは必要ありません。
(ウ) 医療過誤訴訟の当事者
医療過誤訴訟の場合は、債務不履行責任と不法行為責任の一方又は双方が提起されることがあります。
・そこで、訴訟の被告となるパターンとして、下記の3つが考えられます。
① 医療施設の開設者
② 医療施設の開設者と医療行為に当った者(医師・看護師等)
③ 医療行為に当った者
* (ⅰ) 医療過誤訴訟の被告
近年、患者側が損害賠償金を確実に受け取るようにするため上記②の「医療施設の開設者及び医療行為に当った者」を共同被告として訴えるケースが増えて来ています。
(ⅱ) 不法行為による損害賠償請求権の消滅時効
不法行為による損害賠償請求権は、「損害及び加害者を知った時から3年間行わない場合」、又は「不法行為の時より20年が経過したとき」は消滅します。
(エ) 医療行為に関する医師の責任の性質
医師と患者の間の規範を基礎付けるものは、大まかに分けると、下記の2つになります。
① 診療過誤による責任
生命・身体への危険を防止し管理すべき義務のことです。
・つまり、当該疾病の診療につき同業者に期待される医療水準が注意義務の基準となります。
・この場合、不法行為で責任の基礎付けをすることができますが、同時に債務不履行によって基礎付けることも可能です。
② 情報提供に関わる責任
患者の主体的地位を保障すべき専門家の義務のことです。
・この責任は、疾病という客観性に大きく起因するものの、それが患者にどういう影響を与えるのかについての個別事情に左右されるので、担当医師と患者との具体的な関係が基準となります。
(オ) 債務不履行責任と不法行為責任の差異
債務不履行と不法行為では、下記の点について差異があります。
あ 訴訟の当事者(誰が原告、誰が被告となるか)
① 債務不履行の場合
原告 医療契約を締結した患者
被告 医療契約を締結した医療施設の開設者・医師
② 不法行為の場合
原告 医療行為を受けた患者
被告 医療契約を締結した医療施設の開設者・医師
医療行為を行った医師等
い 近親者固有の慰謝料請求権(民法711条)の可否
① 債務不履行の場合
近親者には慰謝料請求権がありません。
(理由)
債務不履行責任は契約から発生するものなので、契約の当事者である患者にしか損害賠償請求権が発生しません。
② 不法行為の場合
不法行為によって生命を侵害された被害者の父母・配偶者・子は慰藉料請求権を取得します(民法711条)
* 傷害を受けたに過ぎない場合
その人が死亡したときにも比肩しうべき精神上の苦痛を受けたと認められるときには、上記近親者に慰謝料請求権が認められます。
う 遅延損害金の起算点
① 債務不履行の場合
履行期の翌日からです。
② 不法行為の場合
不法行為の時点です。
え 消滅時効期間
① 債務不履行の場合
債務不履行による損害賠償請求権は、請求権が発生した時から10年間行わなかった場合は、消滅時効により消滅します。
② 不法行為の場合
不法行為による損害賠償請求権は、「損害及び加害者を知った時から3年間行わない場合」、また「不法行為の時より20年が経過したとき」は消滅します。
お 主張・立証責任
債務不履行、不法行為とも、原告患者側が被告医療施設の開設者・医師の責任を追及するには、下記①~③の要件を主張し立証しなければなりません。
① 義務違反の過失
義務違反となるかどうかの基準は、下記のとおりです。
(ⅰ) 診療過誤の場合
診療水準という客観的条件が基準となります。
(ⅱ) 情報提供の場合
患者の置かれた立場と医師が承知していた具体的事情が基準となります。
② 損害の発生
(ⅰ) 診療過誤の場合
身体の完全性は欠落(死亡、障害、身体損傷)しているので、損害は明らかです。
(ⅱ) 情報提供の場合
情報提供義務に違反したことによる損害といえるかが問題となります。
③ 過失と損害との因果関係
過失がなければ結果が発生していたであろうかどうかの判断により、因果関係を判断することになります。
イ 刑事責任
(ア) 刑事責任の意義
刑事責任とは、刑法に規定されている犯罪の構成要件に該当した場合に刑罰が科されることです。
(イ) 主な刑事罰
主に「業務上過失致死傷等の罪(刑法211条)」が問題となります。
・ただし、よほど悪質でない限り刑事裁判になることはありません。また、現状は刑事罰が適用されたとしても、ほとんど罰金刑あるいは執行猶予が言い渡されています。
* 刑法211条1項(業務上過失致死傷)
業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。
重大な過失により人を死傷させた者も同様とする。
ウ 行政責任
(ア) 行政責任の意義
医師法では、下記のいずれかに該当した場合は、厚生労働大臣が「戒告」、「3年以内の医業停止」、「医師免許の取消し」の行政処分を行うことができる旨規定されています。
① 罰金以上の刑を科せられた場合
② 医事に関して犯罪、不正行為があった場合
③ 医師の品位を損ねた場合
(イ) 行政処分の方法
厚生労働大臣が行政処分をなすに当たっては、諮問機関である「医道審議会」の意見を聴く必要があります。
(ウ) 行政責任と刑事責任の関係
刑事責任と行政責任は別の責任です。
・したがって、刑事責任を問われたとしても行政責任を問われないこともあるし、逆のこともあります。
(3) 医療事故の紛争解決方法
医療事故の紛争解決のためには、下記の方法をとることになります。
① 和解
裁判を起こすのではなく、当事者間で和解して損害賠償額を決定し、医療提供側は、医師損害賠償保険を適用するなどして損害賠償金を支払うことにより、問題を解決する方法です。
② ADR(裁判外紛争解決手続)の活用
裁判を起こすのではなく、国民生活センター紛争解決委員会などの第三者機関に関わってもらいながら紛争の解決を図ることです。
③ 医療過誤訴訟
「和解・ADRの活用」によっても紛争が解決ができない場合、訴訟を提起することにより問題を解決する方法です。
(4) 実務上の論点
ア 医療訴訟の特質
医療訴訟については、これまで下記のようなことが言われていました。
① 密室性の壁
② 専門性の壁
③ 立証責任の壁
④ かばい合いの壁
⑤ 封建制の壁
* しかし、実際には、それらの壁は下記のことからして乗り越えられるものです。
(ⅰ)「密室性の壁について」
下記の事実からして、一般の民事訴訟の立証の困難さと同程度であろうと考えられるようになっています。
a 多くの証拠(診療記録・検査記録)が残されている。
b 診療情報開示が広く進められ、今後も個人情報保護法の改正により更に情報開示が進む可能性が大です。
(ⅱ)「専門性の壁について」
医学や医療は経験科学であり、良い医療と悪い医療を鑑別することが可能です。
(ⅲ)「立証責任の壁について」
原告側(患者側)の負担となっていた立証責任(因果関係の証明)については、一連の最高裁判決によって大きく緩和されています。
(ⅳ)「かばい合いの壁・封建制の壁について」
かつては、医師間のかばい合い等により、医療事故の鑑定人を得ることが困難であったが、各地の地方裁判所、最高裁判所の尽力によりそのことも緩和され、この面でも医療訴訟の困難さは軽減されています。
イ 裁判所に「医療事件集中部」を導入したこと
ここ数年間に、「民事訴訟法の改正、裁判所に医療事件集中部の導入」がなされたことにより医療訴訟の審理の迅速化が図られ、以前と比べ医療訴訟は大きな変化を遂げています。
(ア) 医療訴訟の改善点
① 平成8年の民事訴訟法の改正
「争点整理手続の整備、証拠収集手続の拡充」により集中的証拠調べが可能となり、大幅な訴訟の迅速化が図られました。
* ただし、この時点では、医療訴訟については初期の効果が得られませんでした。
② 平成13年公表の司法制度審議会の最終意見書
「専門委員制度導入、鑑定制度の改善、法曹の専門性強化の方策」が提言されました。
③ 平成13年、東京地方裁判所と大阪地方裁判所へ医療事件集中部が導入されました。
(イ) 医療事件集中部での審理
① 計画審理
医療事件集中部での審理の順序は、下記のとおりです。
(ⅰ) 争点審理手続(当事者双方の主張に対する争点の整理手続)
(ⅱ) 証拠調べ
(ⅲ) 鑑定(ただし、必要がある場合)
(ⅳ) 和解の試み(上記の間にも随時和解を試みる)
* 医療事件集中部における一般事件にない特徴
a 被告の医療側が診療経過一欄表を作成する。
b 裁判所が争点整理表を作成する。
② 事実及び争点整理段階における工夫
(ⅰ) 診療経過一覧表の作成
診療経過一覧表の作成は、医療側の説明義務の延長として作成すべきものです。
・医療側による一覧表の作成は、訴訟当事者・裁判所が診療の全体像を把握するために、必要な訴訟資料となります。
(ⅱ) 争点整理における専門的知識導入の工夫
a 文献等の提出
当該事案に関する文献を提出することは訴訟当事者として不可欠な訴訟活動です。
・医療事件集中部の裁判官は、文献の提出を促すのみならず訴訟の早期の時点で、裁判官が問題意識を持っている点を挙げ、訴訟当事者に対しその点を意識した主張、立証行うよう注意喚起する場合もあるようです。
b 私的意見書
私的意見書は、患者側の協力医が作成するケースが多く、医療事件集中部では、訴訟の当初より、原告側(患者側)に対し、協力医がいる場合は、私的意見書を早めに提出するよう促されるようです。
c 担当医の説明
弁論準備手続として行うものです。
・手術や検査での手技が問題となり、文献を読むだけでは実態がつかみにくい事案については、訴訟の早い段階で、担当した医師による説明を行うことが有益です。
d 専門委員制度
裁判に関与してくれる鑑定人を選任することは困難なため、それに代わる仕組みとして、平成15年民事訴訟法改正で導入された制度です。
・専門委員は、裁判所に属する職員(最寄りの裁判所に属し、任期は2年)で、業務は「裁判所のアドバイザーとして、専門的事項の説明や争点及び証拠の整理のみならず、証拠調べ、和解の場面においても関与しえます。
・専門委員の説明はあくまで一般的な事項の説明にとどめて、具体的事案の簡易鑑定としてはならないという制度です。
e 争点整理にために調停に付す場合もある
医師が、調停委員を務めている場合は、争点整理を目的に調停に付すこともあります。
(ⅲ) 争点整理表の作成
裁判所は、当事者に対し、争点及び証拠の整理を要約した書面を提出させることができます。
・裁判所自らが、争点整理表を作成することもあります。
③ 証拠調べの工夫
(ⅰ) 集中証拠調べ
集中証拠調べは、原則として、1期日で、すべての証人及び訴訟当事者に対する主尋問と反対尋問を終えるという方式の証拠調べです。
・現在、医療事件においてはこの方式が採用されています。
(ⅱ) 証拠調べにおける工夫
医療行為に使用した器具を写真として提出するなどの準備が必要です。
④ 判断の段階における専門的知識の導入(鑑定)における工夫
(ⅰ) 鑑定人選任の迅速化の工夫
a 高裁、地裁レベルでの地域ネットワーク
かっては、鑑定人を選ぶことが大変難しかったため、その反省を踏まえ、各地の高裁、地裁で管内の医療機関と連携し、鑑定人を選任してもらうシステムが実現しています。
b 最高裁判所の医事関係訴訟委員会
最高裁判所でも、平成13年に最高裁判所内に医事関係訴訟委員会を設置し、各裁判所から依頼があった場合には、適切な学会に鑑定人の選任を依頼するシステムを設けました。
(ⅱ) 鑑定事項決定における鑑定人との協議
鑑定人が選任された後に、鑑定人を交え(鑑定人は、電話参加が多い)、裁判所、当事者間で鑑定事項の協議を行うことが行われています。
(ⅲ) 様々な鑑定方式
a 従来型の単独鑑定
従来は、1人の人が鑑定するのが主流でした。
b 複数の鑑定人による鑑定
1人の意見で訴訟の結論が左右されるという責任を引き受けることは重圧であり、心理的負担が大きいという反省を踏まえ、複数の鑑定人による鑑定方法が工夫されました。
(a) 複数鑑定
複数の鑑定人が、各自、独立した意見を述べる方式であり、鑑定書は鑑定人の数だけ提出されます。
(b) 共同鑑定
複数の鑑定人が共同して1つの意見を述べる方式です。
* この方式には、下記の2つのやり方があります。
(甲方式)
異なる専門分野の鑑定人が、それぞれの分野から鑑定意見を述べる場合
(乙方式)
同じ専門分野の複数の鑑定人が、共同して鑑定意見を述べる場合
(c) カンファレンス方式
鑑定書を提出するのではなく、複数の鑑定人による議論の内容自体を鑑定意見とする方式です。
(d) アンケート方式
複数の鑑定人に画像検査の結果を見てもらい、簡単な質問に答えてもらう方式の鑑定です。
⑤ 和解及び判決
医療訴訟が提起された場合、医療訴訟特有の損害評価の方法はなく、原則として交通事故における損害評価の方法に従って行われています。
・しかし、医療事故の損害評価は、交通事故により、健常者が死傷という損害を被ったことを前提とする交通事故の損害評価とは異なり、もともと疾患や障害を持った患者が、医療行為を通じて損害を被るというものなので、交通事故の損害評価とは内容を異にします。
・そこで、事例によっては、判決より和解のほうが適切な解決が得られる場合があります。
⑥ 控訴審での審理
控訴審には医療事件集中部はなく、続審としての性格上、医療訴訟のための特別な手続はありません。
・医療事件集中部を経た事件は、一審判決を尊重する傾向が強いので、一審の審理に勢力を傾注させることが重要です。
ウ 保険制度
(ア) 現在、医師賠償責任保険は下記のものがあります。
① 日本医師会管掌の保険
② 民間会社による保険
(イ) 医師賠償責任保険の適用要件
医師に法的責任が認められることが、賠償保険の支払条件となっています。
(ウ) 保険財政の圧迫
日本の医師賠償責任保険は、財政が圧迫され破綻の危険をはらんでいます。
・そこで、それを回避するため様々な検討がなされています。
4 医事刑法
(1) 治療行為・医療行為と刑法
ア 治療行為と医療行為
(ア) 治療行為の意義
治療行為とは、「人の身体・健康に必然的に干渉する行為であり、本来的に危険を伴う行為ですが、疾患を治癒したり、更なる悪化を防いだり将来の疾患を予防するといった客観的な優越的利益がある行為」のことです。
・そこで、治療行為は、刑法上も正当業務行為として扱われています(刑法35条)。
・ただし、下記の場合は、次のような責任を負うことになります。
① 治療行為が過失により失敗した場合(医療過誤事件)の責任
(ⅰ) 民法上の責任
債務不履行に伴う損害賠償責任(民法415条)あるいは不法行為責任(民法415条)
(ⅱ) 刑事上の責任
業務上過失致死傷罪(刑法211条1項)として、刑事責任を問われることもあります。
② 治療が患者の承諾を得ないで行われた場合
専断的治療行為となり、成功した場合でも失敗した場合でも、下記の責任を負います。
(ⅰ) 民法上の責任
債務不履行に伴う損害賠償責任(民法415条)、あるいは不法行為責任(民法415条)を負います。
(ⅱ) 刑事上の責任
傷害罪(刑法204条)等の刑事責任を問われることもあります。
(イ) 医療行為の意義
医療行為とは、患者の生命・健康を維持、回復する必要のあるときに行われるもので、医学的適応性を有し、医学的に認められた正当な方法で行われるので、医術的正当性を有します。
(2) 刑事医療過誤(医療事故と医療過誤)
ア 医療事故の意義
医療事故とは、過失の有無にかかわらず、医療行為から発生する事故のことをいいます。
イ 医療過誤の意義
医療過誤とは、医療事故のうち人為的ミスが認められるものをいいます。
(医療過誤となるための要件:刑事、民事とも)
① 医療行為と損害発生との因果関係の存在
② 医療行為における注意義務違反
5 インフォームド・コンセント
(1) インフォームド・コンセントの意義
医療ないし医療過程において、医師が患者にこれから行う医療行為について説明し、患者がこれを納得して同意しながら、医療が進められていくという「患者の権利を尊重し、患者が医療に主体的に参加するという医療のしかた」のことです。
(2) インフォームド・コンセントの「法的根拠」と「医師の説明義務」
ア インフォームド・コンセントの「法的根拠」
インフォームド・コンセントの法的根拠は、下記の2つです。
① 自己決定権の保障
自己決定権の保障のため、「医師の説明義務」及び「治療・医療行為の同意取り付け義務」があります。
(医師の義務が発生する根拠)
診療契約、不法行為、信義則がその根拠となります。
② 自己の身体に対する支配権の保障
インフォームド・コンセントの法的根拠は、日本国憲法で保障されている下記の基本的人権からくるものです。
記
(ⅰ) 憲法第13条
個人の尊重、生命、自由、幸福追求に対する権利の尊重
(ⅱ) 憲法第18条
苦役からの自由
(ⅲ) 憲法第19条
思想、信条の自由
(ⅳ) 憲法第20条
信教の自由
イ 医師の説明義務の分類
① 患者の有効な同意を得るための説明
② 治療方法等の指示指導としての説明
③ 転移勧告としての説明
④ 遺族等に対する死因・死亡の経過についての説明