不安の時代(The Age of Anxiety by L.Bernstein)だからでしょうか。
マーラーの音楽を渇望します。
マーラーは1860年に生まれ1911年に亡くなりました。
今から10年前、2010年から翌11年にかけてはマーラーの生誕150年と没後100年が続き、世界中でマーラーの音楽が演奏されました。新録音はもちろん、往年の名盤、発掘された幻の名演などがCDでも次々とリリースされ、それこそ10年はマーラーの音楽を聴かなくてもいいと思うくらい、どっぷりと浸かりました。そして本当に以後10年程、私がマーラーの音楽を積極的に聴く機会はほとんどなくなったものです。
その昔、私にとってマーラーは、なかなか親しくなれない、だけど気になる存在でした。
実家にも(親が買ったであろう)名盤と呼ばれるマーラーのCDが何枚かあり、中高生時代に何度か挑戦してみたものの、毎回、最初の楽章すら聴きとおせずに、途中で停止ボタンを押していました。聴きやすいと言われる交響曲第1番でさえ、第1楽章だけで20分もあるのですから。それでも、定期的に挑戦する気になったのは、やはり無視できない何かがあったのでしょう。
そんなある日、ラジオから、シャルル・デュトワ指揮NHK交響楽団の演奏によるマーラーの交響曲第5番が流れてきました。何とは無しに聴いていたはずが、曲が進むにつれ、気が付くと頬に涙が溢れていたのです。この演奏が私に運命の扉を開いてくれました。
調べてみると、1997年6月12日の定期演奏会がNHK-FMで生中継されたもの。
同年は、神戸連続児童殺傷事件が起こるなど、世の中に不安が満ちていた時期でした。そして私にとって、音楽を含むエンターテインメントに対する希望を失いかけていた辛い時期でもありました。
この日の演奏が、いわゆる名演であったのか私にはわかりません。しかし、マーラーの音楽の持つエネルギーに撃ち抜かれた私は、翌日、開店と同時にCD屋さんに駆け込み、世紀の名盤と誉れ高いレナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィル(87年録音)による同曲のCDを購入しました。
帰宅後、胸の高鳴りが収まるのも待たず、封を切るのももどかしい思いでCDをプレーヤーのトレイに乗せ、スタートボタンを押すと、冒頭の重苦しいトランペットの響きから、世界の底を覗き込んだような恐怖が全身を襲います。苦しくなって、途中で何度も停止ボタンを押そうとプレーヤーに手を伸ばしかけると、そのたびにバーンスタインから「目を(耳を)背けるんじゃない」と叱咤され、必死に音楽を直視。情念の渦にのまれ、もがきながら、最後まで聴き通しました。
凄絶な体験。
失いかけた希望の光も残りました。
ただし。私にとって特別すぎるこのCDは、あの日以来、一度も聴くことができません。
今朝のお供、
サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルによる演奏でマーラーの交響曲第5番。
ラトルがベルリン・フィルの音楽監督就任した際の記念コンサートにおける演奏で、バーンスタイン的情念型の演奏こそ正統派という呪縛から、私を解き放ってくれた演奏です。
(佐々木 大輔)
今年もよろしくお願いいたします。
昨年はベートーヴェン生誕250周年のアニバーサリーイヤー。年末には日本中でベートーヴェンの交響曲第9番『合唱付き』(第九)が鳴り響くはずでした。しかし結果は・・・。
たしかに、第九の演奏にかかるオーケストラは大編成ですし合唱もあるのですから、このご時世に最も不向きな楽曲といえるでしょう。
ところで、我が国において“年末といえば第九”が恒例になったのは、諸説ありますが、音楽関係者が年を越す餅代を稼げるようにするため(つまりは、オーケストラの団員、合唱団のメンバーの知人友人が聴きに来るので、チケットが捌けるから)と言われています。
事の真相はともあれ、年末恒例行事となっていることは間違いなく、第九が流れ始めると1年の終わりを感じるものです。
一方でヨーロッパに目を向けると、第九は年末恒例というわけではなく、特別な機会に演奏される楽曲とされているようです(今でも年末に第九演奏を慣習としているのは、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団くらいでしょうか)。
まず思いつくのは、第2次世界大戦後に再開された最初のバイロイト音楽祭(1951年)でフルトヴェングラーが指揮した第九。これは、第九史上最高の名演と語り継がれておりますし、そもそも第九は、ワーグナーが自身の楽劇(オペラ)を上演するためだけに創設したバイロイト音楽祭で、唯一演奏されるワーグナー以外の楽曲なのです。ベートーヴェンを崇拝するワーグナー自身がバイロイト祝祭劇場の定礎記念で演奏したことから、別格扱いとなっています。
また、ベルリンの壁崩壊を祝ってバーンスタインが指揮した第九(1989年)は、バイエルン放送交響楽団を中心に東西ドイツ並びにアメリカ及びソ連等連合国側をそれぞれ代表するオーケストラから団員が参加した特別オーケストラとともに演奏されました。そして何より、第4楽章の合唱で歌われるシラーの『歓喜に寄す』の歌詞を、「歓喜(フロイデ)」から「自由(フライハイト)」へと歌い替えたことでも話題になりました。一部では「けしからん!」との声もあったようですが、バーンスタインの演奏が説得的であったこと、自由を勝ち得た喜びから、ベートーヴェンも草葉の陰で納得し、“おふくろさん騒動”にならずに済んだのかもしれません。
生演奏で聴く第九の素晴らしさは何にも代えがたいものですが、もうしばらくはCDやレコードの録音で我慢。
いつか心置きなく生演奏で音楽を聴ける日々が戻ったら、私は真っ先に第九を聴きたい。
叶うなら、1770年12月生まれのベートーヴェンが満251歳の誕生日を迎える前に。
今朝のお供、
Pearl Jam(アメリカのバンド)のアルバム『Ten』。
(佐々木 大輔)
自室のCD・レコード棚を眺めると、ベートーヴェンの交響曲全集(全9曲)が15組。これを多いと感じるか少ないと感じるかは人それぞれかと思いますが、何組買ってもどのセットを買っても収録されている交響曲は同じ9曲であり、10曲にもならなければ8曲でもありません(そもそも8曲収録では全集と呼ばれません)。
それではなぜ同じ曲のCDやレコードを何枚も買ってしまうのか。
答えの前にちょっと寄り道をお許しください。
私が幼い頃、わが家ではいつも音楽がかかっていましたが、その多くはベートーヴェンでした。
幼い頃からクラシック音楽を聴いて育った私は、中・高校生になると変に背伸びをして、『運命』交響曲や『田園』交響曲といった有名どころはもう卒業とばかりに、あまり有名ではない曲を聴いて「周りとは違う」アピールをしていたように思います。ところが、そのようなマニアックな曲というのはとっつきにくく(だからなかなか人気曲にならないのですが)、ある程度の経験がないと良さどころか聴き方すら分からないという難物なんですね。有名曲には戻りたくないけれどマニアックな曲には跳ね返されて前に進めない。私は袋小路にはまってしまいました。
さて、クラシック音楽とどのようにお付き合いすればよいものか・・・
結局、当時所属していたオーケストラが演奏会で演奏する曲の予習としてCDを購入し、受動的に聞いているだけの日々。
そうこうしているうちにオーケストラを卒業し、聴く専門となってしまった10代の終わり、またしてもクラシック音楽とのお付き合い問題が再燃することに。その時たまたま手にしたのが、某評論家による指南書でした。
まずは知っている曲の評論を読もうと、最初に開いたのがベートーヴェンの交響曲第5番『運命』のページ。推薦されていたのはフルトヴェングラー指揮とカルロス・クライバー指揮のCDでした(これらは万人が認める20世紀の名演奏です)。
フルトヴェングラーの方は1947年5月、ベルリン・フィルの指揮台に復帰した記念コンサートのライヴ録音。音は古く録音もモノラルですが、「苦悩から歓喜へ」という「運命のドラマ」そのままに熱狂的な演奏で、すぐに大好きになりました。
一方のクライバー。ともすれば通俗的に堕しがちな「運命のドラマ」はここにはなく、ひたすら純粋にベートーヴェンが作曲した「5番目の交響曲」が演奏されています。金管の強奏、リズムの弾みを聴くたびに、ベートーヴェンはかくも爽快で瑞々しい音楽を書いたのかと、「運命のドラマ」に覆い隠されて見えなくなっていた音楽そのものの鮮度に驚きます。
ちなみに、交響曲第5番を『運命』と呼ぶのは日本くらいで、世界的にはこのニックネームは使われておりません。輸入盤のCDジャケットを見ても「Symphony No.5」などと印字されているのみで、『運命』に当たる単語は記載されておりません。
このように、同じ『運命』でも演奏家が違うとこんなにも違って聞こえるんだなあと思ったのがきっかけとなり、私とクラシック音楽との新しいお付き合いが始まりました。
すなわち「好きな曲ができたらいろいろな演奏で聴く」。
このような聴き方をすることによって曲に対する理解は深まり、多くの演奏家の特徴を知ることもできます。
また、有名曲は卒業したなどと恥ずかしいことは言わずに、どんな曲にもまっさらな気持ちで向き合ってみようと心を新たにするきっかけにもなりました。
幼い頃、音楽を聴く「耳」を育ててくれたベートーヴェン。そして、今に至る音楽との付き合い方を教えてくれたベートーヴェン。
今年は‘恩師’ベートーヴェンの生誕250周年。
今の私は晩年の作品に強く惹かれます。10代の頃に馴染めなかった作品です。
当時はきっとベートーヴェンに見透かされていたのでしょう。そんなに背伸びをしたって駄目だよ、と。
今は少しだけベートーヴェンも私のことを受け入れてくれたと思いたいな。
今朝のお供、
サザンオールスターズの『ステレオ太陽族』。
デビュー記念日に有料配信された無観客ライヴ。「朝方ムーンライト」が聴けて嬉しかった。
(佐々木 大輔)