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モーツァルトで秋

前回のブログで、「今年はスポーツの秋に」と誓ったものの、やはり芸術の秋が恋しい私。

例年であれば、ブラームスやブルックナーの交響曲のように、重厚な音楽を聴きたくなるのですが、今年はなぜかモーツァルトの気分。爽やかな秋もいいものです。

なんて言ったものの、きっかけは先日手に入れたモーツァルトのレコードが気に入ったからという季節とはあまり関係ないもの。ボスコフスキー指揮ウィーン・モーツァルト・アンサンブルのセレナード全集(全10巻)の中から3枚、オリジナル盤(初回プレス盤)のレコードが手に入ったのです。これがまた肩肘張らずにリラックスして聴くことができる逸品で、秋の夜長にとても合うのです。
演奏するウィーン・モーツァルト・アンサンブルも楽しそう。
これらのレコードで指揮をするボスコフスキーは、ウィーン・フィルのコンサートマスターを務めた人物であり、ウィーン・フィルのニュー・イヤー・コンサートを世界的に有名なイベントに成長させた立役者。演目の主要レパートリーを担う作曲家ヨハン・シュトラウス2世よろしく、ヴァイオリンを弾きながら1955年から1979年まで、ニュー・イヤー・コンサートを指揮していました。
その後、ニュー・イヤー・コンサートは指揮者マゼール(この人も多才で、前任者を踏襲し、余興としてヴァイオリンを弾きながら指揮していました。)が引継ぎ、1987年に指揮者カラヤンが登場してからは、毎年いろいろな指揮者がタクトを振ることで話題となっています(2002年には小澤征爾氏も指揮)。

閑話休題。

このような名演に接すると私の悪い癖である蒐集癖がうずきだし、セレナード全集をコンプリートしたくなります。オリジナル盤は入手困難なため、全てをオリジナル盤でそろえることは至難かと思いますが、再発盤(できればオリジナル盤に近い時期のもの)でもいいのでコレクションしたい。

ほかには大好きなオペラ『フィガロの結婚』と『コジ・ファン・トゥッテ』も楽しみました。こちらはベーム指揮による定番中の定番の演奏です。
オペラの内容自体はとるに足らないコメディ、どころか、オペラの中で繰り広げられる男女のやり取りが現実に起こり、それが現代のワイドショーあたりで取り上げられでもしたら、たちまち大炎上してしまうような不道徳なもの。
今では“オペラ”という“芸術”扱いにより、内容に目くじらを立てる人は(あまり)いませんが、そもそもオペラの題材なんて、ほとんどが切った張った惚れた腫れたの世界。ですから、紳士淑女の皆様には、なるべく人前で「オペラ鑑賞が趣味です」などとは口になさらぬようお勧めいたします。
それにしてもなぜモーツァルトは、(不道徳かどうかはさておき)男女の揺れ動く気持ち、「嫌よ嫌よも好きのうち」のような心の機微を、こんなにも見事に音楽で表現できるのでしょう。

ただ、オペラをレコードで聴くのは拷問に近い。
片面が終わるごとにリスニングポイントから立ち上がり、レコードプレーヤーのところへ。そして例えば『フィガロ』(4枚組)なら都合7回、盤の返しと取換えをしなければなりません。
でも、考えようによっては少しの運動?も兼ねられるので良しとしましょう。

今月は「芸術の秋」と「スポーツの秋」とのコラボレーションということで。


今朝のお供、

桑田佳祐の『ごはん味噌汁海苔お漬物卵焼きfeat.梅干し』。

                                   (佐々木 大輔)

マーラー交響曲第5番

不安の時代(The Age of Anxiety by L.Bernstein)だからでしょうか。
マーラーの音楽を渇望します。

マーラーは1860年に生まれ1911年に亡くなりました。
今から10年前、2010年から翌11年にかけてはマーラーの生誕150年と没後100年が続き、世界中でマーラーの音楽が演奏されました。新録音はもちろん、往年の名盤、発掘された幻の名演などがCDでも次々とリリースされ、それこそ10年はマーラーの音楽を聴かなくてもいいと思うくらい、どっぷりと浸かりました。そして本当に以後10年程、私がマーラーの音楽を積極的に聴く機会はほとんどなくなったものです。

その昔、私にとってマーラーは、なかなか親しくなれない、だけど気になる存在でした。
実家にも(親が買ったであろう)名盤と呼ばれるマーラーのCDが何枚かあり、中高生時代に何度か挑戦してみたものの、毎回、最初の楽章すら聴きとおせずに、途中で停止ボタンを押していました。聴きやすいと言われる交響曲第1番でさえ、第1楽章だけで20分もあるのですから。それでも、定期的に挑戦する気になったのは、やはり無視できない何かがあったのでしょう。

そんなある日、ラジオから、シャルル・デュトワ指揮NHK交響楽団の演奏によるマーラーの交響曲第5番が流れてきました。何とは無しに聴いていたはずが、曲が進むにつれ、気が付くと頬に涙が溢れていたのです。この演奏が私に運命の扉を開いてくれました。
調べてみると、1997年6月12日の定期演奏会がNHK-FMで生中継されたもの。
同年は、神戸連続児童殺傷事件が起こるなど、世の中に不安が満ちていた時期でした。そして私にとって、音楽を含むエンターテインメントに対する希望を失いかけていた辛い時期でもありました。

この日の演奏が、いわゆる名演であったのか私にはわかりません。しかし、マーラーの音楽の持つエネルギーに撃ち抜かれた私は、翌日、開店と同時にCD屋さんに駆け込み、世紀の名盤と誉れ高いレナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィル(87年録音)による同曲のCDを購入しました。
帰宅後、胸の高鳴りが収まるのも待たず、封を切るのももどかしい思いでCDをプレーヤーのトレイに乗せ、スタートボタンを押すと、冒頭の重苦しいトランペットの響きから、世界の底を覗き込んだような恐怖が全身を襲います。苦しくなって、途中で何度も停止ボタンを押そうとプレーヤーに手を伸ばしかけると、そのたびにバーンスタインから「目を(耳を)背けるんじゃない」と叱咤され、必死に音楽を直視。情念の渦にのまれ、もがきながら、最後まで聴き通しました。
凄絶な体験。
失いかけた希望の光も残りました。

ただし。私にとって特別すぎるこのCDは、あの日以来、一度も聴くことができません。

今朝のお供、
サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルによる演奏でマーラーの交響曲第5番。
ラトルがベルリン・フィルの音楽監督就任した際の記念コンサートにおける演奏で、バーンスタイン的情念型の演奏こそ正統派という呪縛から、私を解き放ってくれた演奏です。

                                   (佐々木 大輔)

新年に第九を思う

今年もよろしくお願いいたします。

昨年はベートーヴェン生誕250周年のアニバーサリーイヤー。年末には日本中でベートーヴェンの交響曲第9番『合唱付き』(第九)が鳴り響くはずでした。しかし結果は・・・。
たしかに、第九の演奏にかかるオーケストラは大編成ですし合唱もあるのですから、このご時世に最も不向きな楽曲といえるでしょう。

ところで、我が国において“年末といえば第九”が恒例になったのは、諸説ありますが、音楽関係者が年を越す餅代を稼げるようにするため(つまりは、オーケストラの団員、合唱団のメンバーの知人友人が聴きに来るので、チケットが捌けるから)と言われています。
事の真相はともあれ、年末恒例行事となっていることは間違いなく、第九が流れ始めると1年の終わりを感じるものです。

一方でヨーロッパに目を向けると、第九は年末恒例というわけではなく、特別な機会に演奏される楽曲とされているようです(今でも年末に第九演奏を慣習としているのは、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団くらいでしょうか)。
まず思いつくのは、第2次世界大戦後に再開された最初のバイロイト音楽祭(1951年)でフルトヴェングラーが指揮した第九。これは、第九史上最高の名演と語り継がれておりますし、そもそも第九は、ワーグナーが自身の楽劇(オペラ)を上演するためだけに創設したバイロイト音楽祭で、唯一演奏されるワーグナー以外の楽曲なのです。ベートーヴェンを崇拝するワーグナー自身がバイロイト祝祭劇場の定礎記念で演奏したことから、別格扱いとなっています。

また、ベルリンの壁崩壊を祝ってバーンスタインが指揮した第九(1989年)は、バイエルン放送交響楽団を中心に東西ドイツ並びにアメリカ及びソ連等連合国側をそれぞれ代表するオーケストラから団員が参加した特別オーケストラとともに演奏されました。そして何より、第4楽章の合唱で歌われるシラーの『歓喜に寄す』の歌詞を、「歓喜(フロイデ)」から「自由(フライハイト)」へと歌い替えたことでも話題になりました。一部では「けしからん!」との声もあったようですが、バーンスタインの演奏が説得的であったこと、自由を勝ち得た喜びから、ベートーヴェンも草葉の陰で納得し、“おふくろさん騒動”にならずに済んだのかもしれません。

生演奏で聴く第九の素晴らしさは何にも代えがたいものですが、もうしばらくはCDやレコードの録音で我慢。
いつか心置きなく生演奏で音楽を聴ける日々が戻ったら、私は真っ先に第九を聴きたい。
叶うなら、1770年12月生まれのベートーヴェンが満251歳の誕生日を迎える前に。

今朝のお供、
Pearl Jam(アメリカのバンド)のアルバム『Ten』。

                                   (佐々木 大輔)