天高く馬肥ゆる秋

先日、健康診断を受けてきました。

毎年、体重が1キロずつ、腹囲も1センチずつ、着実に肥えて?きています。とはいえ、今年のBMI値は22ジャスト。その他も特に問題はなく、担当医の先生からは「いいですよ。ぜひこの健康状態をキープしてください」と、もう笑いが止まらないという感じで伝えられました。
担当医の喜色満面に驚いた私。知り合いのお医者さんにこの話をしたところ、「医師はいつも何かしら異常のある数値ばかり見ているから、まったく正常な結果を見ると、四つ葉のクローバーでも見つけた気持ちになるのかもしれませんね」とのことでした。

このコロナ禍において、まだワクチン接種もできなかった間、どのようにしてコロナ予防に徹するかを考えたとき、頼るべきものは栄養バランスの良い食事しかありませんでした。その結果、現在の健康状態を手に入れられたのであれば、まさに(わざわい)転じて福と為す。

まあ、今までが痩せすぎだったのでしょう。事実、20代の頃は、今より15キロ近く体重が少なく、ボクサーでもないのに体脂肪率も7~8%。身体の見た目は情けないほど薄っぺら。冬になると寒くて寒くて本当に歯がガチガチ鳴って止まらないという体質でした。
現在は、体脂肪率も10%台となり、あまり寒さも感じなくなりましたし、風邪もひきにくくなりました。

しかしながら、運動不足は痛感しております。
先日も“芝刈り”に出かけたところ、その日の夜から身体中が筋肉痛で、寝返りを打つのもやっとという体たらく。
「筋肉痛がすぐにくるなんて若い証拠」などと羨ましがられたりしますが、どうやらこれは根拠のない話のようです(信じていたのに・・・)。
運動により損傷した筋肉を修復する過程で起こるのが筋肉痛(諸説あり)。
強度の高い運動をすると、筋肉のダメージが大きく、修復が追いつかないため、筋肉痛が早く起こりやすいとのことです。一方、強度の低い運動であれば、ダメージの蓄積よりも修復のスピードが勝るため、筋肉痛は遅くなりがち。
それでは私はというと、ほかの人なら誰も筋肉痛にならない程度の運動で、即日筋肉痛に襲われるということは、若いのではなく、単なる運動不足。体の強度が足りないのでしょう。

天高く馬肥ゆる秋。
例年の私は、読書の秋、芸術の秋でしたが、中秋の名月を眺めながら、今年はひとつスポーツの秋にしようかと(小さな声で)誓いました。
月まで届けとばかりに、お団子のようなボールを飛ばしてみたりして。


今朝のお供、

R.E.M.(アメリカのバンド)の曲「Man on the Moon」。

                                   (佐々木 大輔)

夏がくれば思い出す

受験生だった年の夏、手にした一冊の本。

――君たちは大江健三郎を読んだことがありますか――

受験対策で通っていた予備校の夏期講習中、講師からの問いかけに、「ノーベル賞記念講演における『あいまいな日本の私』くらいは目を通したことがあったかなあ」などとぼんやり考えていると、その頭の中を見透かしたかのように講師は、「私が言っているのはエッセイや講演の書起しのたぐいではなく、小説のことです」と言葉を継ぐ。

講師の問いかけに導かれるように本屋さんへ行き、新潮文庫の茶色い背表紙が並ぶ中から手にしたのが『死者の(おご)り・飼育』でした。芥川賞受賞作「飼育」を含むデビュー当時の短編が収められた一冊です。最初に読んだ時はよく理解できず、今でも理解できているとは言い難いのですが、改めて読み返してみると、過剰なほど濃密な表現に満ちていることに驚きます。「飼育」における夏のまとわりつくような熱気とむせ返るようなにおい、むき出しの暴力やグロテスクな性。そのすべてが五感を強烈に刺激します。本当にこれが学生(当時、大江氏は東大生)の手による小説なのか。
一方、同作中で、少年期を<硬い表皮と厚い果肉にしっかり包みこまれた小さな種子、柔らかく水みずしく、外光にあたるだけでひりひり慄えながら剥がれてしまう甘皮のこびりついた青い種子なのだった>とする繊細な表現には、初読の時から魅了されました。

1994年、私が高校2年生の時、川端康成に次いで日本人として2人目のノーベル文学賞受賞者となった大江氏。
ノーベル賞受賞後、『燃えあがる緑の木』を完成させ、小説の筆を折ることを宣言したものの、親友であった作曲家武満徹が亡くなると、その弔辞の中で、新しい小説を捧げることを約束、引退を撤回(本人曰く「宙返り」)し、3年をかけて『宙返り』を上梓しました。これは、すでに大江氏の過去作品を読み進めていた私にとって、リアルタイムで接した初めての新作小説でした。
以降、『取り替え子(チェンジリング)』や『(ろう)たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ』など、大江氏本人が“後期の仕事(レイト・ワーク)”と称し発表してきた小説は、できる限りリアルタイムで読んでいます。

レイト・ワークにおける大江氏の文章は非常に読みやすく、翻訳調で難解な文体からは、大きく変容しました。
評論家江藤淳が「論理的な骨格と動的なうねりをもった」と評した大江氏の文体は、時に悪文の見本と揶揄されることもあります(要するに一文がだらだらと長い)。しかし、大江氏の文体は、「正確に伝える」という点において必然であり、一度書き上げた小説を、その2倍から3倍もの時間をかけて、より正確に伝わるよう徹底して書き直した結果なのです。
「イメージを喚起させ作者の意図が正確に伝わる」という意味では悪文ではありません。
ただし、大江氏自身にも自覚はあるようで、書き直すたびどんどん文章が読みにくくなると自虐的に語っています。

レイト・ワークにおける作品群では、大江氏の特徴的な文体と読みやすさが融合しており、初心者でも抵抗を感じることは少ないと思われます(理解が容易かどうかはまた別の話)。
しかし、本気で大江文学と格闘するなら中期の作品、後の大作家の萌芽を感じたいのであれば初期の作品と向き合ってみるのはいかがでしょう。

私は今秋、初読時に理解の及ばなかった『宙返り』に再挑戦する予定です。


ろうたし:上品で美しい。洗練されている。


今朝のお供、

スピッツ(日本のバンド)の曲「渚」。

                                   (佐々木 大輔)

夏バテ防止

平年より12日早い梅雨明けとともに、私の苦手な暑い毎日がやってきました。皆さんいかがお過ごしでしょうか。私は夏バテ防止に頑張って栄養を摂りすぎたせいか、おなか周りがふっくらとしてきたことが悩みです。
よく考えてみるとただのビール腹のような気もしますが。

ビールは控えめにして、何かほかに涼をとれるものはないかと思案、それでは久しぶりに落語の『死神』でも聴くことにしましょう。

――人生うまくいかず自殺を考えている男の前に死神を名乗る老人が現れる。死神は男に対し、まだお前は死ぬ運命にないことを告げ、医者になることを助言する。死神曰く「病人はその足元に死神が座っていればまだ寿命ではなく、枕元に座っていれば間もなく」とのこと。足元にいる死神は呪文を唱えれば消えるという。
半信半疑のまま、試しに医者の看板を出すと大繁盛。どんな重病人でも足元に死神がいれば呪文を唱えて死神を消す。すると病人はたちまち快復。男は名医として名を馳せ、ぜいたくな暮らしを送るように。ところが、しばらくすると、なぜか出会う病人、出会う病人すべて死神が枕元にいる。次第に男の評判は落ち、また元の貧乏な生活に戻ってしまう。
そんな折、豪商から声がかかる。病床の主人を見れば、また枕元に死神。諦めるよう説得するが、少しでも延命できたら大金を出すと言われて欲に目がくらんだ男は、一計を案じ、店の男衆を集めると、死神がうたた寝をしている隙に主人の布団の四隅を持たせ、一二の三で頭と足の位置をくるっと反転。男は間髪を容れず呪文を唱え、死神を消した。これによって主人は見事に快復し、作戦は大成功。
その後、男の前に再び現れた死神は、男を非難し、火のついた蝋燭がたくさん並ぶ洞窟へと連れていく。死神は、それぞれの蝋燭が人の寿命だと説明、男の寿命は、間もなく寿命を迎えるはずだった主人を助けたために入れ替わってしまったと言い、今にも消えそうな蝋燭を指さす。驚いた男が延命を懇願すると、死神は新しい蝋燭を差し出し、これに火を移すことができれば助かると言う。
男は今にも消えそうな自分の蝋燭を持って火を移そうとするが、手が震えてうまくいかない。やがて「あぁ、消える…」との言葉を残し、演者がその場に倒れ込む――

上に書いたあらすじが標準のサゲ(オチ)ですが、噺家によっていろいろな創意工夫がされています。
一旦は男が火の移し替えに成功するパターンもあり、ホッとしてついた溜め息で消してしまうもの、洞窟を出たところで死神から「明るいところに出たんだから蝋燭は要らないだろう」と言われて思わず消してしまうもの、「おめでとう。今日がお前の新しい誕生日だ」と言われてバースデーケーキのローソクよろしく吹き消してしまうもの、「これで安心して眠られる」と言う男に「朝、目を覚ましてみろ、枕元に俺が座っているぞ」と死神が返すもの、などなど。

テキストは守りながら、演者によって巧みなくすぐりを入れたり、時代に合わせて解釈を変えたり、客層を見てサゲを変えたり。落語は音楽でいうとジャズに近いのかな。
死神登場ということで不気味さはあるものの、残念ながら特に涼しくなるような噺ではないですね(選択ミス)。
でも、笑ったことで腹筋が鍛えられて、結果、おなか周りは少しすっきりしたかも。
あぁ良かった。
あれ、笑ったら喉が渇いたな。
よし、ビールを飲もう!


今朝のお供、

HELLOWEEN(ドイツのバンド)の『HELLOWEEN(2021)』。

30年の時を経て、再びHELLOWEENの名のもとでカイ・ハンセン(g.89年脱退)がギターを弾き、マイケル・キスク(vo.93年脱退)が歌う。高校時代の私にとって二度と訪れないと思っていた奇跡のようなことが現実に!

                                   (佐々木 大輔)