アーカイブ:2011年9月

窃盗罪3―補足

今回は刑法の回です。

ここで少し補足をさせていただきます。
毎回刑法では「私の立場」を明らかにしてお話をしてきました。
No.62では不法領得の意思について「振舞う意思と利用処分意思の双方が必要である」、No.66では財物について「財物とは有体物のことをいう」と述べました。これにはどのような意味があるのでしょう。
実は、法律というのはそれぞれの採る立場により、導かれる結論が異なることがあるのです。なかでも刑法は、特にその傾向が強い法律です。そのため、あらかじめ自らの立場を明確にしてお話をしなければならないのです。
たとえば、不法領得の意思について、「窃盗罪の成立要件として、不法領得の意思は不要である」という考え方もあるのですが、この立場を採れば、判例が不可罰とするいわゆる使用窃盗(他人の物を一時無断で使用して、後で返還する行為)も窃盗罪として認めやすくなります。
なぜなら、使用窃盗を不可罰であるとする多くの説は、その根拠を、「返還意思がある場合には不法領得の意思がない」という点に求めます。そのため、不法領得の意思を不要とする立場からは、使用窃盗の可罰性も認めやすくなるのです。

それでは、ここからは前回(No.66)の財物性の続きを。
財産罪の客体である以上、財物には財産的価値が必要となります。
この点、判例・通説は、主観的な価値でも社会観念上刑法的保護に値するものであれば財物に当たるとしています。この立場に立てば、ラブレターも所有者にとって精神的欲望を満足させる価値がある限り、不法な侵害から保護される必要が生じ、窃盗罪の対象となります。
一方、その価値が極めて低い場合には財物には当たらないとされ、ポケットから汚れたちり紙13枚を窃取した事例を窃盗未遂とした判決は、このことを示したものと考えられます。
ちなみに、ちり紙の財物性を否定しながら、無罪ではなく窃盗未遂の成立を認めた結論は、実際に窃取した物が軽微な価値しかなくても、別の客体(たとえば、ポケットに一緒に入っていた財布など)を窃取する可能性があったことに起因しています。

 

今朝のお供、
R.E.M.(アメリカのバンド)の『OUT OF TIME』。
2曲目の「Losing My Religion」。イントロが流れた途端、繊細で甘やかな憂愁に支配され、私は一瞬にして中学2年生だったあの頃に引き戻されます。R.E.M.解散のニュースは、またひとつ、私の青春の終わりを告げるものでした。

(佐々木 大輔)

本といつまでも

皆さんにとって「幸せだなあ」と思うのはどんなときでしょう。
私にとっては、夜、ベッドに入って好きな本を開くその瞬間が、至福の時です。

当ブログでも、村上春樹や太宰治、カズオ・イシグロなど好きな作家をとり上げてきましたが、彼らのようないわゆる「純文学」と呼ばれるジャンルの作品だけではなく、エンターテインメント作品も大好きです。中でもミステリーは特別で、休日の前夜など、明日を気にしなくてもよい夜は、「今夜はこの1冊だけにしよう」と決心しておかなければ、2冊、3冊と読みふけってしまいます。

ミステリー好きの原点は、子供の頃夢中になって読んだ江戸川乱歩の「少年探偵団」シリーズにあります。父の読んでいた同シリーズが、祖父母の家に当時のまま揃えられており、幼い私は祖父母の家に遊びに行くと、いつも書斎に籠って読んだものでした。
乱歩が少年少女向けに書いた同シリーズ、とはいえ、そこは日本を代表する推理小説の大巨匠、子供だましや手抜きは一切ありません。
「ですます調」の柔らかく品の良い文章で書かれているものの、大人になった今読み返しても、夕暮れの描写や夜の闇に包まれた洋館が醸す怪しさには、思わず振り返り背後を気にしてしまうほど。
そういえば、小学校からの帰り道、小説の一場面を思い出し、「あの角を曲がった途端、そこに怪人二十面相がいるのではないか」と、風に草木がざわめく薄暮の中、身を縮めながら家路を急いだこともありました。

その後もコナン・ドイルやアガサ・クリスティなどの名作から、日本の乱歩賞受賞作まで、好きな作品を挙げるときりがありません。
また、中学生の頃は、綾辻行人ら京大推理小説同好会出身者を中心とした「新本格派ブーム」にもはまりました。

そんな懐かしい思い出と、新しく手にしたミステリー数冊によって、この連休はちょっと夜更かしをし過ぎたかな。

 

今朝のお供、
RED HOT CHILI PEPPERS(アメリカのバンド)の『I’m With You』。

(佐々木 大輔)

同時履行の抗弁権

今回は、民法の回です。

売買のように、当事者双方がお互いに債務を負う(債権を有する)契約を「双務契約」といいます。これに対して、贈与のように、一方当事者のみが債務を負う契約を「片務契約」といいます。

「同時履行の抗弁権」とは、双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務を履行するまでは、自己の債務の履行を拒むことができるとする権利のことをいい、民法第533条に規定されています。
売買契約を例にとると、売買では、買主には「売買代金を支払う」債務があり、売主には「商品を引き渡す」債務があります。
「買主が代金を支払わない」ときのように、相手方が債務の履行をしない場合、売主は、「あなたが代金を支払わないのなら、私も商品を渡しませんよ」という同時履行の抗弁権を主張することができます。

同時履行の抗弁権が認められるためには、①双務契約から生じた債務があること、②相手方が履行の提供をしていないこと、③相手方の債務の弁済期(期限)が到来していること、という3つが必要となります。
それでは、どのような場合に同時履行の抗弁権が認められるのか、裁判所の考えを見てみましょう。
まず、認められる場合から。
土地の賃貸借終了において、建物買取請求権を行使したことによる代金支払義務と土地明渡義務は、同時履行の関係に立つとされています。
これはどういうことかというと、土地の借主がその土地上に家を建てて生活していた場合、土地を返還する際、借主にはその土地上の建物を貸主に買い取らせる権利があるのです。そのため、貸主には建物を買い取った代金を支払う義務が生じます。この代金を受け取るまでは、借主は土地の返還を拒むことができるというのが最高裁の判断です。ただし、賃借人に債務不履行があって契約が解除された場合には、買取請求権はないとしています。
次に、認められないのはどのような場合でしょうか。
不動産賃貸借終了後において借主の家屋明渡義務と貸主の敷金返還義務は、同時履行の関係に立たないとしています。
敷金は、賃貸借終了後明渡しまでの損害金についても担保するので、明渡しの時点で初めて返還請求権の有無や額が確定するからというのが、その根拠です。
これに対し、学説には、敷金返還を確保するためには同時履行の抗弁権の主張を認めるべきだとして、この判例に反対する見解も多くみられます。

少し長くなりましたので、同時履行の抗弁権の効果については、次回の民法(No.72)でお話しさせていただきます。

 

今朝のお供、
Travis(スコットランドのバンド)の『The Invisible Band』。

(佐々木 大輔)