年が改まるといろいろ新しくなりますね。
笑点に新メンバーが加入したり、御嶽海が大関に昇進したり。
私も新たな一歩を踏み出そうと勇んで顔を上げたのですが、年末から年始にかけて懐かしい再会があったものですから、少し立ち止まり、気持ちの整理をしてから先へ進むことにします。
まず年末には、東北大学法科大学院時代にお世話になった友人が山形から遊びに来てくれましたので、一緒に割烹「大内田」さんで食事をしました。10年ぶりの再会です。
最高のおもてなしをしたかったので、お店は「大内田」さんに決めていました。
お互いの近況報告や大学院時代の懐かしい仲間の話をしながら、美味しいお料理とお酒に舌鼓を打つ。お店のお心遣いもいただきながら思い出話とともに杯を重ね、気が付くとお開きの時間になっていました。
楽しい時間は刹那に過ぎ去りにけり。
温かい気持ちを抱えながらの帰り道、頭に流れてきたのは「遠回りしても 良かったと言える 大人になりたい♪」(吉井和哉の曲「WEEKENDER」)という歌詞でした。
学生時代、少し年上の彼からいろいろと励ましてもらうたび、いつもこの歌を口ずさんでいたように思います。
恥ずかしながら当時もしっかり大人な年齢だった気がしますが。
今改めてこの歌詞をかみ締めています。
年が明けてからも嬉しい再会がありました。
秋田リトルリーグ(小学生の硬式野球)時代にお世話になった三浦捷也理事長(三浦歯科医院の院長:秋田市新屋)との再会、こちらは30年ぶりでした。理事長に「大輔か!」と呼びかけられた瞬間、もう私は小学生の僕でした。
大人になってからは、愛情いっぱいに「大輔」と下の名前で読んでくださる人はなかなかいません。それだけで胸がいっぱいです。
「俺のこと覚えてるか?」と聞かれましたが、忘れるわけがないでしょう。30年経っても全然変わっていません。理事長のスポーツに対する情熱と子供たちに対する愛情がどれほど尊いものなのか(そして残念なことに、それらを持ち合わせていない指導者が世にどれほど多いことか)、大人になってより深く理解することができます。
小さな体にぶかぶかのユニホームを着て、仲間と夢中で白球を追った日々。
三浦理事長のもとで野球ができたことを誇りに思います。
多くの人に支えられてきた人生です。
特別な人生ではありませんし、これまでに何かを残せただろうかと悩むこともあります。
でも、振り向けば私の道ができていました。
それで十分じゃないか、と思います。
さりげなく強ければいい。
これから先も「希望の轍」が続きますように。
今朝のお供、
Gorillaz(イギリスのバンド)の『Plastic Beach』。
(司法書士 佐々木 大輔)
「あっ」と言う間もなく、12月は過ぎていきます。
やり残したことを思い出して「あ~」と言うことがないように、あと数日、悔いなく過ごしたいものです。
私個人としては、多くの方々とのご縁やつながりを強く感じることができた一年でした。
本当にありがとうございます。
ご恩返しができるよう鋭意努力してまいります。
来年の目標は、視野を広く持つこと。
それから、お酒を飲むときは一緒にお水を飲むこと(いつもすっかり忘れてしまいます)。
何と言っても健康第一です。
健康であればこそ、充実した仕事もできますし、皆様にご恩返しができるというものです。
今年もいろいろなことがありました。
まだまだ当たり前のことができない日々も続きます。
それでも。だからこそ。
新しい年が皆様にとって素敵な一年になりますように。
心よりお祈り申し上げます。
今朝のお供、
いきものがかり(日本のバンド)の曲「ありがとう」。
(佐々木 大輔)
ここのところ私がすっかりはまっているのは将棋。と言っても指すわけではなく(せいぜい頭の体操に簡単な詰将棋を解く程度です。)、ニュースなどでその戦いの行方を追いかけているだけのことです。
結局のところ、藤井聡太さんの影響です。ミーハーですみません。
5年前、14歳2か月で史上最年少プロ棋士(四段)となった藤井さんは、その後も数々の最年少記録を塗り替え、瞬く間に四冠(竜王・王位・叡王・棋聖)を獲得しました。
藤井四段が今や藤井四冠。
実は私、小学生の頃、学校の課外クラブで将棋クラブに入っていました。今では駒の動かし方を覚えている程度ですが・・・。思い返すと、他のみんなが「将棋」を指している横で、はさみ将棋や将棋崩しばかりやっていた記憶しかありません。だからちゃんとした将棋をあまり覚えていないのかなあ。祖父から囲碁を教えてもらってからも、五目並べばかりやっていましたし・・・。
当時、将棋を始めるに当たり、ルールや歴史が簡単にまとめられた「小学生のための将棋入門」的な本を何冊か読んだのですが、その頃のスター棋士といえば中原誠さんで、そのライバルとして米長邦雄さん、最年少名人となった谷川浩司さん、神武以来の天才と呼ばれた加藤一二三さん、そして大山康晴さんも現役でした。
その後の衝撃は何といっても羽生善治さん。1991年から2018年まで連続99期タイトルを保持し、2017年には史上初の永世七冠を獲得しました。永世の称号は、同一タイトルを一定期数獲得した者に与えられるものです。
ところで、羽生さんの世代は「羽生世代」と呼ばれ、森内俊之さん、佐藤康光さんなど同年代の層が厚いことでも有名です。これには谷川さんの存在が大きかったのではと想像されます。
谷川さんは1976年、加藤さん以来2人目の中学生プロ棋士となりました。その頃、全国の小中学校で将棋が大ブームになったとのことですから、ちょうど小学生であった羽生世代と重なっています。
その羽生さんが15年ほど前に著した本の中で言及していたのは、コンピュータの存在。
コンピュータがトッププロ棋士と互角の戦いができるようになる時期について、「早い人では2010年、遅い人では2050年と予想している」と書かれていました。
実際は、コンピュータが初めてプロ棋士に勝利したのは2010年のことであり、現役名人に完勝したのは2017年5月のことでした。そして、奇しくもその1か月後の同年6月、藤井さんが29連勝の新記録(しかもプロデビューから無敗)を樹立したのでした。
今、プロ棋士のほとんどがコンピュータの将棋ソフトを使って研究をしているそうです。AIの申し子にも思える藤井さんが新記録を樹立したのには因果を感じますが、意外にも藤井さんが将棋ソフトを取り入れたのはプロデビュー直前の頃だそうで、世代を考えると遅いくらい。藤井さんの強さのベースはアナログ的に鍛えられたものと言われています。
今後、藤井さんに憧れてプロ棋士を目指す本物の「デジタルネイティブ世代」がたくさん生まれることでしょう。そのような棋士たちと藤井さんがどのような戦いを繰り広げていくのか。
一方で、谷川さんや羽生さんのようなレジェンド、その下の世代である渡辺明さんたちが、これから台頭してくる世代の高い壁となることも期待します。
「強くなった時に見える風景を見てみたい」。
プロ棋士となった時に自らの目標として「最強の棋士」と色紙に書いた藤井さん。
タイトル保持数でも記録でもなく、ひたすら将棋が強くなることだけを目標とする姿勢。ストイックというよりも、本当に将棋が好きなんだなと感服します。
見習って私も業務に邁進します。
今朝のお供、
ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏でブルックナーの交響曲第8番(1981年録音のもの)。
(佐々木 大輔)