アーカイブ:2014年12月

ポリーニの偉業

世界的なピアニストであるマウリツィオ・ポリーニが、39年の年月を経て、ついにベートーヴェンのピアノ・ソナタの全曲録音(全32曲)を完結させ、全集という形で発売しました―同時に、これまで1枚1枚購入してきた愛好家のために、最後の1枚(第16番から第20番を収録)も分売されました―
ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集は数多(あまた)あれども、これだけの年月をかけ、そして、これだけの完成度を誇る全集は空前絶後でしょう。

ポリーニというピアニストのことはご存知の方も多いと思いますが、改めて紹介しますと、1960年、当時最年少の18歳でショパンコンクールに優勝、名ピアニストである審査委員長のルービンシュタインから、「審査員の誰も彼のように巧く弾けない」と絶賛されました。
すでに名声は手の中にあり、華々しくスター街道を邁進するかと思いきや、「このままでは音楽家として成長しない」と考え、勉強と研鑽のため一度表舞台から姿を消します(再起不能説まで流れたほど)。

10年の時を経て、ストラヴィンスキー等近代作品集と、ショパンのエチュード集のレコードを立て続けに発表し、再び表舞台へ躍り出たのは1970年代になってから。この再デビューは、ショパンコンクール優勝時をはるかに凌ぐ衝撃的なものとなりました。
完璧な技巧に裏付けられ確信に満ちた演奏。大理石にもたとえられる硬質な輝きを放つ音色。
特にショパンのエチュードは、「これ以上何をお望みですか」という音楽評論家吉田秀和氏のキャッチコピーとともに、日本でも大きな反響を呼び、未だに決定盤として揺るぎない地位を築いています。

だいぶ前置きが長くなりましたが、ポリーニがベートーヴェンのソナタで最初にとりあげたのは、後期の作品である第30番と第31番(1975年録音)。
通常であれば、「月光」や「熱情」のような有名どころから録音を開始し、後期の作品はある程度キャリアを積んだところで、満を持してとりあげることが多いものです。ところがポリーニは、いきなり後期の作品を録音したため、この録音は全曲録音を見据えたものではなく、現代音楽も得意とする彼が、ベートーヴェンのソナタの中で、最も現代音楽と親和性の高い作品を選び単発で録音したものであると私は思っていました。
しかしその後、ぽつぽつとソナタの録音が発表されるにつれ、「もしかしたら全曲録音が完成するのでは」という淡い期待を抱いていたことも事実です。

私は、ポリーニの新譜が発売される度、1枚1枚買い揃えてきましたので、今回の全集は敢えて購入する必要はなかったのですが、全集という形で所有したいという強い思いに駆られて購入、スピーカーの前で居住まいを正して全曲を聴き直しました。
録音状態はもちろん、ポリーニの演奏スタイルにも変化がうかがえますが、不思議と不統一感はありません。楽聖と向き合うポリーニの覚悟と厳しさが、そこに一貫として刻印されているからです。

ポリーニのピアニストとしてのキャリアをほぼ俯瞰できるベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集。
変わったものと変わらないもの。変えてはならないもの。
彼のピアニストとして、人間としての来し方に思いを馳せながら、今年のブログの締めくくりとします。

 

今朝のお供
飯野明日香(秋田市出身のピアニスト)の『フランス・ナウ』。
飯野明日香さんは、私がお世話になっている税理士長谷部光重先生、長谷部光哉先生ご兄弟の姪御さんです。この度、本作品で、第52回レコードアカデミー賞(現代曲部門)を受賞されました。おめでとうございます。

(佐々木 大輔)