あの日から3年

朝夕、日が長くなり、少しずつ春が近づいてくるのを実感します。

春を待ち焦がれる一方で、3年前のことを思わずにはいられません。
突然の大きな揺れに襲われた3月11日。季節が逆戻りしたような雪の降る寒い日でした。
幸い私の住む秋田市に大きな被害はありませんでしたが、丸一日、電気が止まりました。翌日の夕方、電気が復旧した時は、灯った明かりの温もりに涙が出たものです。

たった一日。しかもガスや水は使えました。
それでも、余震と緊急地震速報の鳴り続ける中で感じた先の見えない不安。

東日本大震災の日から3年。
もう3年なのか、まだ3年なのか。
未だに約26万7000人の方々が全国各地で避難生活を送り、約10万人の方々が仮設住宅での暮らしを強いられています。
私があの日感じた不安とは比べものにならないくらい大きな不安の中、辛く悲しい生活を送っている方々がたくさんいます。

亡くなった方々のご冥福を祈り、そして命あることに感謝しながら毎日を前向きに生きていくことを、私たちは誓い、胸に刻まなければなりません。

東日本大震災を忘れないように。

 

今朝のお供、
The Rolling Stonesの『Flashpoint』。
ストーンズの来日公演、ご覧になられた方はいらっしゃいますか。
行けなかった私はこのライヴアルバムで我慢。
このアルバムには、90年に行われた初来日公演からの音源が2曲(「Ruby Tuesday」「悪魔を憐れむ歌」)使われています。

(佐々木 大輔)

ブログは、4月から6月の間は月1回、7月以降は月2回の掲載とさせていただきます。

涙と涙

ソチ・オリンピックが終わり、皆さんもようやく寝不足から解消された頃でしょうか。

今回のオリンピックは、今大会で引退を表明(示唆)しているベテラン勢(葛西選手は現役を続行するそうですが)の集大成としての戦いと、若き才能の活躍が目立ちました。
メダルの数だけに執着するのはよくありませんが、今大会は、国外で開催された冬季オリンピックとしては最多だったとのことで、これも選手の皆さんの頑張りの表れに違いありません。

男子フィギュアスケート初の金メダルを獲得した羽生選手、41歳にしてジャンプで個人の銀メダルと万感の思いに溢れた団体の銅メダルを獲得した葛西選手、惜しくもメダルには届きませんでしたがモーグルの上村選手やジャンプの高梨選手など、印象に残った選手・競技はたくさんありました。

その中で、フィギュアスケートの浅田選手には、やはり特別な思いがありました。
バンクーバーでの涙を笑顔に変えてほしいと願っていましたし、もちろん、その結果が輝くメダルという形で実を結んでくれたら、とも。
しかし、フリーの演技を終えた直後、浅田選手の頬にあふれた大粒の涙、そして晴れやかな笑顔を見たとき、もう、順位のことは私には重要ではありませんでした。浅田選手が自分で納得のいく演技ができたこと、それ以上に何を望むことがあるでしょうか。
世界中のスケーター、アスリートから寄せられた激励の言葉、称賛の言葉からも、スケートに全てを捧げてきた浅田選手に対する尊敬の念が伝わってきます。

浅田選手の今後については「ハーフハーフ」とのことですが、現役を続行するにしても、一線を退くにしても、また新たに活躍する姿を楽しみにしています。

選手の皆さん、熱い感動をありがとうございました。そして本当にお疲れ様でした。

 

今朝のお供、
ビル・エヴァンス(p)とジム・ホール(g)による
『UNDERCURRENT』。
先日もシーガルクラブでお世話になった割烹「大内田」さん。
繊細なお料理とお店の雰囲気、きめ細やかな心遣いは、いつも私に1枚のレコード―そう、それはCDではなく絶対にレコード、それも、丁寧にターンテーブルに載せられ、心を込めて静かに針を落とされたレコードでなければなりません―を想い起こさせます。

(佐々木 大輔)

クラウディオ・アバドのこと

去る1月20日、イタリアの名指揮者クラウディオ・アバドが亡くなりました(享年80)。
アバドは、ウィーン・フィルとベルリン・フィルにデビュー後、ミラノ・スカラ座音楽芸術監督、ロンドン交響楽団首席指揮者(のちに同楽団初の音楽監督)、シカゴ交響楽団首席客演指揮者、ウィーン国立歌劇場音楽監督という音楽界最高のポストを歴任し、帝王カラヤンの後継としてベルリン・フィルの芸術監督も務めました。
名実ともに現代最高のマエストロでした。

私が好むアバドの録音として真っ先に指を折るのは、70年代に4つのオーケストラを振り分けたブラームスの交響曲全集の中から、ベルリン・フィルと演奏した交響曲第2番です。若きアバドの指揮のもと、カラヤンの楽器であったベルリン・フィルが、本当にのびのびと演奏していて(特にゴールウェイの吹くフルートが素晴らしい!)、まさにブラームスの田園交響曲と呼ぶにふさわしい、野を渡る爽やかな風を感じます。

ロンドン交響楽団を振ったラヴェルの『ボレロ』も忘れるわけにはいきません。アバドに惚れ込んだ楽団員が、最後のクライマックスで興奮のあまり思わず歓声を上げてしまったという録音で、(通常、楽譜に指示がないものは不要なものとしてカットされるのですが)この歓声はアバドの許可を得て、そのまま収録されています。すでに次代のウィーン国立歌劇場首席指揮者のポストが決まっていたアバドを、楽団員全員で引き止めたというエピソードを物語る熱演で、『ボレロ』嫌いな私でも惹きこまれる演奏です。

大病を患い、ベルリン・フィルを退いたのち、2003年に就任したルツェルン祝祭管弦楽団の芸術監督は、アバドの晩年を代表するポストでしょう。
ルツェルン祝祭管弦楽団は、若手オーケストラを母体として、一流オーケストラから首席クラスの演奏家や、普段はソリストとして活躍するスター演奏家が、アバドを慕って世界中から集まり、一年に一度結成されるオーケストラです。
アバドの十八番であるマーラーの交響曲を一曲ずつ取り上げてきましたが、第8番が残り、全曲演奏は実現しませんでした。
数年前にはベルリン・フィルとの特別演奏会で、今までほとんど指揮してこなかった交響曲『大地の歌』を演奏していたことから、『大地の歌』を含むマーラー・チクルスが、ルツェルンとのコンビで完成するのではと大いに期待していたのですが・・・残念です。

アバドは、知的で清廉な演奏により、音楽そのものの素晴らしさを教えてくれた真の芸術家でした。
ご冥福をお祈りします。

 

今朝のお供、
モーツァルトのピアノ協奏曲第12番(K.414)を、ルドルフ・ゼルキンのピアノ、アバドの指揮によるロンドン交響楽団の演奏で。
老巨匠ゼルキンのピアノを、親子ほど年齢差のあるアバドが優しくサポートする本演奏は、陽だまりの縁側で、ゼルキンが朴訥と語る思い出話を、アバドが微笑みながら聞いているという趣の温かい演奏です。 アバドは伴奏の名人でもありました。

(佐々木 大輔)