どうでもいいことですが・・・

以前も当ブログで書きましたが、我々も業界用語的なものを使うことがあります。
「物」(もの)と「者」(もの)を区別するために「物」を「ぶつ」と言ったり、「権限」(けんげん。権利・権力の範囲)と「権原」(けんげん。権利の発生する原因、法的根拠)を区別するために「権原」を「けんばら」と言ったり。

これと似たような話で、依頼人に何かを説明するとき、登場人物をAさんBさんなどとアルファベットを使って説明することがあるのですが、そんな時私は、アルファベットのBとDとの聞き間違いを防ぐため、Dを「ディー」ではなく「デー」と発音します。
このDの発音について、私はその昔、「デー」と発音したらおじさんおばさんである証拠(ものすごい偏見ですみません)みたいに思っていた時期がありました。

当時は中学校に入学して初めて英語を習うわけですが、そのぶん英語は5教科の中で特別な存在でした。自意識過剰な中学生にとっては、発音が悪いのも良すぎるのもカッコ悪く思えるなど、変に目立ちたくないような(でも試験では高得点を取りたい)複雑な思いを抱くやっかいな存在だったのです。きっとこのジレンマは私だけではなかったはず。
さすがに英語の先生は違いましたが、英語担任以外の年配の先生(度々失礼)が「デー」と発音する度、私は、年を取ってもDを「デー」と発音する大人にはなるまい、と固く心に決めたものでした。
そんなある日、音楽の先生が授業中、Dを「デー」と発音したんです。案の定クラスにくすくすと笑いが漏れる中、先生が、「みんな笑ってるけどね、ドイツ語ではDをデーと発音するんだよ」と、外国語といえば英語が全てのような世間知らずで幼稚な我々に、直球で第二外国語を投げ込んできたんです。
実に堂々とした先生の一言は、私にとって非常に説得力を持ちました。私の固いはずの決心は、あっけなく打ち砕かれたのです。

あの日以来、すぐにDを「デー」と発音することに抵抗がなくなった・・・とまでは言いませんが、今では説明にアルファベットを使用する場合、Bと区別してDを「デー」と発音することに何の抵抗もありません。もはや気分はトリリンガルです。
いや、ただ単に私も、Dを「デー」と発音することに抵抗がないほど年を取っただけかもしれませんけどね。

そんな思い出話を、講師依頼を受けた来月のセミナーの原稿を書きながら、懐かしく思い返していました。

今朝のお供、
THE YELLOW MONKEY(日本のバンド)の曲「BURN」。

                                   (佐々木 大輔)

人生をともに

腕時計が好きです。

小学生の頃は、腕時計ではありませんでしたが、算数セット(ご存じですか?)に入っていたプラスチック製の時計(本物の時計ではありませんのでもちろん動きません)を、学校から帰る道すがら、60秒ごとに長針を進めては悦に入っていました。休みの日は東京みやげにもらったミッキーマウスの腕時計(これは本物)をつけていたような記憶があります。
中学時代は、学校で腕時計の使用が許されていましたので、中学生にしては渋めのデザインの腕時計をつけていました。同じクラスの女子に「なんでそんな地味な時計をしているの?」と聞かれたこともあります。なんでだったんでしょうねえ、おじさん趣味だったのかな。

そんな時代を過ごしつつ、30歳になった頃、30代をともに過ごせるような腕時計を奮発して購入しました。いつもどこに行くときも常に一緒。喜びも、悲しみも、思い出はすべてその時計とともにありました。
そして昨年。40歳(+α歳)になったことをきっかけとして、40代をともに過ごす腕時計を新しく仲間に迎え入れることに。

今回購入した時計の条件は、小ぶりでシンプルでクラシカルなデザインの角型時計。
ムーヴメントは機械式一択。その時計が持つ歴史や物語も外せません。
ここ数年、条件に合う時計をいろいろ検討してきました。
ところで、機械式時計は自動巻き(オートマティック)が主流ですが、今回私が購入した時計は手巻きなんです。
機械式時計は、自動巻きであっても毎日身に着けていなければすぐに止まってしまいます。1日に数秒の日差が生じるのも普通です。クオーツ時計や電波時計どころかスマートフォンでも簡単にしかも正確な時間を確認することができる現在、まして手巻き時計となると時代錯誤もはなはだしいと感じる方もいらっしゃるでしょう。

放っておいても動き続けるクオーツ時計などとは違い、手巻き時計を動かし続けるためには、毎日リューズを巻かなければ(リューズを回してゼンマイを巻き上げなければ)なりません。
私は毎朝起きたらすぐにリューズを巻くことが習慣となりましたが、その上で毎日身に着けてあげることにより愛着はぐっと増します。たしかに面倒ではありますが、手のかかる子ほど可愛いとはまさにこのことです。
そういえば、中学校の数学教師であった私の祖母は、出勤前にいつも腕時計のリューズを巻いていました。そんなノスタルジックな思い出も、手巻き時計を購入する後押しになったのかもしれません。

もちろん、30代をともに過ごした腕時計はこれからも変わらず着用し続けますし、今回購入した腕時計もしかり。いずれも生涯をともにする相棒です。

機械式時計と刻む、私の人生。
「時を計る」にはクオーツ時計や電波時計の方が適していても、「私の時を刻む」のは機械式時計であってほしい。
なんて、今回はちょっとキザに締めてみました。
おしまい。

今朝のお供、
サザンオールスターズの曲「素顔で踊らせて」。
今日という日に。

                                   (佐々木 大輔)

新年に第九を思う

今年もよろしくお願いいたします。

昨年はベートーヴェン生誕250周年のアニバーサリーイヤー。年末には日本中でベートーヴェンの交響曲第9番『合唱付き』(第九)が鳴り響くはずでした。しかし結果は・・・。
たしかに、第九の演奏にかかるオーケストラは大編成ですし合唱もあるのですから、このご時世に最も不向きな楽曲といえるでしょう。

ところで、我が国において“年末といえば第九”が恒例になったのは、諸説ありますが、音楽関係者が年を越す餅代を稼げるようにするため(つまりは、オーケストラの団員、合唱団のメンバーの知人友人が聴きに来るので、チケットが捌けるから)と言われています。
事の真相はともあれ、年末恒例行事となっていることは間違いなく、第九が流れ始めると1年の終わりを感じるものです。

一方でヨーロッパに目を向けると、第九は年末恒例というわけではなく、特別な機会に演奏される楽曲とされているようです(今でも年末に第九演奏を慣習としているのは、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団くらいでしょうか)。
まず思いつくのは、第2次世界大戦後に再開された最初のバイロイト音楽祭(1951年)でフルトヴェングラーが指揮した第九。これは、第九史上最高の名演と語り継がれておりますし、そもそも第九は、ワーグナーが自身の楽劇(オペラ)を上演するためだけに創設したバイロイト音楽祭で、唯一演奏されるワーグナー以外の楽曲なのです。ベートーヴェンを崇拝するワーグナー自身がバイロイト祝祭劇場の定礎記念で演奏したことから、別格扱いとなっています。

また、ベルリンの壁崩壊を祝ってバーンスタインが指揮した第九(1989年)は、バイエルン放送交響楽団を中心に東西ドイツ並びにアメリカ及びソ連等連合国側をそれぞれ代表するオーケストラから団員が参加した特別オーケストラとともに演奏されました。そして何より、第4楽章の合唱で歌われるシラーの『歓喜に寄す』の歌詞を、「歓喜(フロイデ)」から「自由(フライハイト)」へと歌い替えたことでも話題になりました。一部では「けしからん!」との声もあったようですが、バーンスタインの演奏が説得的であったこと、自由を勝ち得た喜びから、ベートーヴェンも草葉の陰で納得し、“おふくろさん騒動”にならずに済んだのかもしれません。

生演奏で聴く第九の素晴らしさは何にも代えがたいものですが、もうしばらくはCDやレコードの録音で我慢。
いつか心置きなく生演奏で音楽を聴ける日々が戻ったら、私は真っ先に第九を聴きたい。
叶うなら、1770年12月生まれのベートーヴェンが満251歳の誕生日を迎える前に。

今朝のお供、
Pearl Jam(アメリカのバンド)のアルバム『Ten』。

                                   (佐々木 大輔)