日本語

日本語って難しいと思うことありませんか。
私は、日本語の持つ美しさや語感が大好きで、正しい日本語を使うように心掛けていますが、気付かず誤用していることもあります。
今も昔も、日本語の誤用や乱れが指摘される一方で、当初は誤用であった言葉が、現在では辞書にも載っている言葉として慣用化している例もあります。

そんなことに思いを巡らせたのは、先日、新聞記事で目にした「独擅場(どくせんじょう)」という言葉に驚いたからです。おそらく皆さんも「独壇場(どくだんじょう)」という言葉の方に親近感があるのではないでしょうか。しかし、もともと「独壇場(どくだんじょう)」という言葉はありませんでした。
よく見ると「独擅場(どくせんじょう)」の「擅」の字、「壇」という字と似ていますよね。そのため、多くの人たちが誤って、「独擅場」を「どくだんじょう」と読み、「擅」を「壇」と書いているうちに、「独壇場(どくだんじょう)」という言葉が生まれ、定着しました。今では、ニュース番組でもほとんどの場合「独壇場(どくだんじょう)」が使用されています。

豪華な装飾などを見て、「綺羅星(きらぼし)のようだ」と使うのも、もともとは間違い。「綺羅星の如く」は、「きら、ほしのごとく」と読みます。
「綺」「羅」というのは美しい服のことをいい、その美しさが星のようであることを表した言葉です。優れた人たちが居並ぶ様子にも使われます。「綺羅星」という言葉はありませんでした。
しかし、今では、キラキラと光り輝く星のことを「綺羅星」と呼び、「綺羅星の如き有名人たち」とたとえたりします。
もしかしたら、「綺羅星」という言葉が定着した背景には、童謡「きらきら星」のタイトルの影響もあるのかもしれません。
とはいえ、歌詞は♪Twinkle twinkle little star ~ ですから、訳詞は「きらきらひかる お空の星よ(小さな星よ)」となり、やはりどこにも「綺羅星」という言葉は出てきません。

一方で、消えていく日本語もあります。最近では「緑の黒髪」という言葉を聞かなくなりました。何年か前の新聞にも、「街中に明るい髪の色の女性が増え、緑の黒髪という言葉は死語となったのか」との記事があったことを思い出します。
と思っていたら、最近は女性の間で黒髪がブームとのこと。経済状況の悪化から、美容院でのカラー代を節約するといった現実的な事情もあるようですが。
ともあれ、再び黒髪が注目されたことをきっかけとして、「緑の黒髪」という美しい日本語が、将来にわたり生き残ることを願っています。

 

今朝のお供、
デヴィッド・ボウイ(イギリスのミュージシャン)の『The Next Day』。
自身66歳の誕生日である今年1月8日、何の前触れもなく、10年振りの新作を3月にリリースすることを発表したボウイ。
PVの顔は老けたけど、格好良さと妖しい色気は全く衰えず!

(佐々木 大輔)

『フェイク』

週末、お気に入りの映画、『フェイク』を観ました(本当に最近は、新しい作品よりも馴染みの作品に手が伸びます)。
マフィアの巨大ファミリーにたった一人で潜入し、壊滅に導いたFBI捜査官ジョー・ピストーネ(偽装名ドニー・ブラスコ)の実話に基づく映画です。

マフィアの一員であるレフティに接触する機会を得たドニーは、レフティに見込まれ組織に食い込み、一方のレフティは、人生の黄昏を迎える中、若いドニーに再び出世の夢を託します。
組織内部の抗争が激化する中、レフティとドニーは、“兄弟関係”を超えた絆を深めていきますが、向かう先の結末は、最初から決められていて・・・

落ち目のレフティを演じるのはアル・パチーノ。そのくたびれた哀愁を漂わせる様子は、これが『ゴッド・ファーザー』のマイケルを演じた男と本当に同じ人物かと目を疑うほど。
潜入捜査官としての任務と、レフティに対する愛情の狭間で葛藤するドニーを演じるのはジョニー・デップ。初めから二人の結末を知っている彼の目は、全編通じて悲しみと切なさに満ちています。

両名優が名を連ねた豪華な映画でありながら、あまり認知度が高いとはいえないのが残念なところ。特に、『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズや『チャーリーとチョコレート工場』をきっかけにジョニー・デップのファンになった方には、ぜひ観ていただきたい映画です。

最後に全てを悟ったレフティの表情。潜入捜査を終え、その成功を形ばかりに表彰されるドニーの目。アル・パチーノとジョニー・デップの演技が素晴らしく、二人の間に築かれた親愛の情がどれほどのものであったのか、まっすぐ胸に迫り、熱くなります。

何度観ても、レフティがドニーに残した最後の言葉には、涙が止まりません。

 

今朝のお供、
LED ZEPPELIN(イギリスのバンド)の『LED ZEPPELIN Ⅰ』。
最近は、2ndよりも、この1stの方をよく手に取ります。

(佐々木 大輔)

ラトルの勇退

先日、ベルリン・フィル(BPO)の首席指揮者であるサイモン・ラトルが、2018年をもって、そのポストを退くことを発表しました。2018年はまだ5年も先のこと、とも思いますが、BPOの首席指揮者といえば、クラシック音楽界における最高峰のポスト。その後継者を選ぶための期間としては、必要にして十分ともいえます。
2018年、ラトルは64歳。指揮者としていよいよ成熟に向かう年齢ですが、彼は同郷であるビートルズの曲「When I’m Sixty-Four」の歌詞を引用し、「64歳になっても、僕を必要としてくれるかい?」と自らに問いかけ、今回の決断に至ったそうです。

ラトルは、若い頃からその才能を認められた存在で、20代から多くの一流オーケストラに招かれキャリアを積んできました。BPO、ウィーン・フィルの指揮台にもそれぞれ34歳、38歳でデビューしています(どちらもプログラムはマーラーの交響曲)。
1980年から98年まではバーミンガム市交響楽団の首席指揮者を務め、その間、当時あまり知名度の高くなかった同オーケストラを、名実ともに世界的なオーケストラに育て上げました。
94年には、30代の若さでナイトの称号(サー)が与えられています。

BPOの首席指揮者として白羽の矢が立ち、2002年に就任した時は47歳。これは奇しくも同ポストを34年間務めたカラヤン(カラヤンの場合は終身首席指揮者兼芸術総監督)の就任時と同じ年齢だったため、「ラトルの時代」「長期政権か」とも騒がれました。
ラトルの4期16年というのが長期なのかどうかは分かりませんが、残り5年、さらに素晴らしい演奏を聴かせてくれることを楽しみにしています。

退任後はフリーな立場で活動するのか、あるいは別のオーケストラの首席指揮者や音楽監督になるのか。
いずれにしても私としては、近年スケジュールの都合で共演の機会が少なかったウィーン・フィルとの共演回数の増加、若い頃に衝突して以来、関係が修復されているとはいえないコンセルトヘボウ管弦楽団やクリーヴランド管弦楽団との再演を期待しています。

 

今朝のお供、
FUN.(アメリカのバンド)の『SOME NIGHTS』。
収録曲「WE ARE YOUNG」により今年のグラミー賞で主要2部門(最優秀楽曲賞と最優秀新人賞)を受賞。
一度聴いたらメロディが頭から離れません。

(佐々木 大輔)