秋田蔵付分離酵母

現在、NHK朝の連続テレビ小説では、ニッカウヰスキーの創設者である竹鶴政孝氏をモデルとした『マッサン』が放映されています。
私はウイスキーに目がないものですから、興味深く見ております。

ウイスキーのお話はまたの機会にゆずるとして、今回は日本酒の蔵付酵母(家付酵母)についてです。

秋田蔵付分離酵母とは、各蔵元が秋田県総合食品研究センターと共同で、自社の酒蔵に古くから住み付いている酵母を分離・選抜し、優良な酵母を永年の眠りから目覚めさせて純粋培養したものです。

今年は、秋田県の25の蔵元から、蔵付分離酵母で造られた純米酒(ここからは「蔵付酵母酒」と仮称させてください)が発売されました。
参加した蔵元は、一昨年は4蔵元、昨年は13蔵元でしたが、今年は25の蔵元となり、毎年規模が拡大しています。
秋田のお酒が大好きな私は、この蔵付酵母酒を店頭で見かけ次第、家族総出で可能な限り入手しました(残念ながら、完売で入手できなかったものもあります)。商品ラベルはすべて番号が記されたデザインで統一されています。
振られた番号は、酵母が発見された順番になっているとのことで、一番の春霞(栗林酒造)から、二十五番の八千代(八千代酒造)まで、秋田を代表する蔵元が名を揃えます。

今回参加していない蔵元の中にも、秋田を代表する蔵元があります。
ぜひとも来年は、より多くの蔵元が参加して、全国に、そして世界に秋田のお酒の魅力を発信してもらえればと願っています。

一点だけ、蔵付酵母酒を販売するお店に望むのは、その販売方法です。各店舗の販売方針や売り場スペースの問題もあるのでしょうが、ほとんどのお店が特設コーナーに蔵付酵母酒を集めて販売しているだけでした。
知識のある方々はそれでよいかもしれません。しかし、普段あまり秋田のお酒に馴染みのない方々にとっては、少々不親切かと老婆心ながらに思います。
気に入った蔵付酵母酒の蔵元から、他にはどのような銘柄のお酒が発売されているのかすぐわかるように、蔵付酵母酒とその蔵元の代表的な銘柄を一緒に陳列する(たとえば、太平山の「六番」と一緒に「天巧」を置いておく)など、購入者のアクセスを容易にする「紐付け」をしてくれれば、より多くの方々に秋田のお酒を知ってもらえるのではないでしょうか。

 

今朝のお供
U2(アイルランドのバンド)の『Songs of Innocence』。
5年ぶりの新作。それにしても純粋な・・・彼らくらいしか付けないであろう直球ど真ん中のタイトル。それがU2らしくていいんですけどね。
iTunesへの自動ダウンロードでも話題になりました。

(佐々木 大輔)

秋田県民歌

現在秋田県で開催されている国民文化祭。当事務所の女性スタッフ成田美佐(ダンスアベニュースタジオSのインストラクター)もダンサーとして開会式のオープニングフェスティバルに参加し、「なまはげと秋田美人」のパフォーマンスを披露しました。ご覧になられた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
皇太子殿下にもご臨席を賜った開会式は、秋田県の文化力を全国に発信するとともに、私たち秋田県民にも改めて秋田県のもつ魅力と可能性を教えてくれたステージでした。

さて、国民文化祭も残すところ1週間余りとなりましたが、国民文化祭関連で耳にする機会が多いのが秋田県民歌(県民歌)です。

県民歌は、山形県、長野県の県民歌と並ぶ三大県民歌のひとつです。作詞は倉田政嗣氏、作曲は「浜辺の歌」で知られる成田為三氏。雄大で流麗な旋律にのせて歌われるのは、秋田が誇る美しい自然と豊かな資源です。

この県民歌―私は2番までしか知らなかったのですが―実は4番まであります。
ところが、3番以降の歌詞(特に3番の歌詞)は、戦前教育の影響が色濃く残るとして問題視され、戦後、アメリカの占領政策の一環として県民歌自体歌うことを禁止された時期がありました(加えて、秋田県北部にとっては、「侵略された歴史」が歌われているとの批判もあります)。
現在では、3番と4番は歌われることはほとんどなくなり、2番までを歌うのが通例となっています。

また、秋田の豊かな資源を歌い込んだ1番と2番の歌詞に対しても、秋田県経済の衰退の元凶との批判があります。
たしかに秋田県は、ここに歌われている豊かな資源に頼りきりで、付加価値を創造することなく、裸のままの資源を切り売りしてきたことは否めません。残念ながら、豊かな資源も歌詞にあるように無限というわけにはいかず、今や枯渇の危機に瀕しています。
一方で、秋田県に比べると乏しい資源を、何とか有効活用しようと知恵を絞り、発展を遂げた県もあります。

このような批判は耳が痛いものですが、秋田県が豊かな資源を持っている(いた)ことは事実であり、それを誇ることを私は決して悪いとは思いません。
しかし、指摘のとおり、その上にあぐらをかくのではなく、豊かな資源をどのように活用していくかを考えることこそが、私たち秋田県民に課された使命です。

音楽的には極めて素晴らしい県民歌。
批判を受け止めつつ、秋田の誇りとして胸を張って歌えるように、秋田を活性化していく責務が私たちにはあります。
この素晴らしい県民歌を正しく歌い継いでいくためにも。

 

今朝のお供
レニー・クラヴィッツ(アメリカのミュージシャン)の『Strut』。
3年ぶりの新作。

(佐々木 大輔)

ビリー・ホリデイを聴く

―いけないケムリと水で その身をけずり落としてまでも―
(星空のビリー・ホリデイ)

読書をしながら何か音楽を聴きたくて、いろいろCDをかけていたところ、最後にかけたビリー・ホリデイ(アメリカのジャズ歌手)が読みかけの小説の雰囲気に妙にはまり、はからずも久しぶりに彼女の歌を聴くことになりました。

彼女の声が持つ圧倒的な存在感は、本質的にはBGMになり得ないものですが、小説の雰囲気がとても軽やかだったため、彼女の歌とぶつかることなく、読み進めることができたのかもしれません。

本を読み終え、今度は彼女の晩年の名盤『Lady in Satin』と『BillieHoliday(ラスト・レコーディング)』を聴きました。
『Lady in Satin』の冒頭、スピーカーから飛び出すしわがれ声には、分かっていても一瞬たじろぎます。衰えは著しく、音程も不安定、技術的に言えば断じて上手い歌ではありません。
後年、若い頃の瑞々しい歌声を失ったのは、麻薬とアルコールに溺れた彼女の自業自得とはいえ、思い通りに歌えない彼女の苦しみと悲しみが伝わってきて、息が苦しくなるほどです。

一方、『Billie Holiday』における彼女は、晩年にしては声もよく出ており、曲が進むにつれ、声に歌う喜びが乗ってきます。バックを務めるミュージシャンも、彼女の希望をかなえたメンバーが揃いました。
彼女の白鳥の歌となった、アルバムの最後を飾る曲「Baby Won’tYou Please Come Home」は、苦悩に満ちた人生の締めくくりとしては意外なほど、明るさに満ちています。

―so long 黄昏を歌に秘めたら―(星空のビリー・ホリデイ)

初めて彼女の歌を聴いたのは、ちょっと背伸びをしたかった中学生の時。大人の世界を覗いたような気分になりましたが、結局、その時は良さを理解できませんでした。
しかし、年齢を重ねるにつれ、少しずつ彼女の魅力(というよりも、彼女の引き受けた孤独とは何たるか)を分かり始めたような・・・

でも、正直なところ、やっぱり分からない。
村上春樹氏は著書の中で、彼女の歌を「癒し」ではなく「赦し」と表現しましたが、その感覚も私には分からない。
それは、まだ、なのか。
それとも、ずっと、なのか。

 

今朝のお供、
サザンオールスターズの曲「星空のビリー・ホリデイ」。

(佐々木 大輔)