辞書を読む

先日、寄席に行ってきたという友人の影響で、私も立川志の輔氏の現代落語『バールのようなもの』を楽しみました。

主人公が、ニュースなどでよく耳にする「バールのようなもの」とはどんなものなのかを知りたくて、物識りの隠居へ相談に行くところから噺は始まります。
隠居に、「のような」という言葉を名詞の後ろに付けて「○○のような」と言えば、それは○○とは似て非なるものである―何かを食べて「肉のような味がする」と言えば、その食べ物は「肉」ではないというように―と教わった主人公が、奥さんに浮気の言い訳をする際、浮気相手のことを「妾ではなく“妾のようなもの”だ」と言ったところ、「それは妾以外の何ものでもない。馬鹿な言い訳をするもんじゃない」とかえって奥さんを怒らせてしまい、「バールのようなもの」で殴られるというオチの噺です。

果たして「のような」とは隠居の説明どおりの意味なのか気になった私は、さっそく辞書を引いて「よう(な)」の意味を調べてみると、いくつかの定義と用例が並んでいる中に、
―(接尾語的に)…らしく見えるもの。…といったもの。
「刀剣―の凶器」―(『広辞苑』)
とあります。
なるほど。これが隠居の言っていた意味でしょう。
さすがに用例として「バールのようなもの」とは載っていませんが、それにしても辞書というのは物識りですねえ。別に上の隠居と掛けて擬人化するわけではありませんが、辞書も結局は人が作ったものです。

数年前、辞書製作の裏側を舞台とした三浦しをん氏の小説『舟を編む』(第9回本屋大賞受賞)が話題となりました。小説ですから多少なりともデフォルメされているものかと思いきや、『三省堂国語辞典』の編纂者である飯間浩明氏の著書『辞書を編む』を読むと、実際の辞書は、小説の登場人物を凌ぐほどの猛者たちによって作られていることが分かります。
用例集めは昼夜を問わず、テレビ番組は録画して確認することを原則とし、新聞は言わずもがな、ファッション雑誌に出てくる造語、女子高生の会話まで、気になる言葉はすべてメモを取り、その使われ方、使用頻度を調査したうえで、採用する言葉、その語釈を決定するのだそうです。

誰もが知っている言葉でありながら説明の難しい言葉を、いかに分かりやすく説明(語釈)するか。それぞれの辞書が最も腐心する部分です。
たとえば「右」という言葉について、多くの辞書では、「南を向いた時、西にあたる方」(『広辞苑』)のように、方角を用いた説明がなされている中、『岩波国語辞典(初版)』の「この辞書を開いて読む時、偶数ページのある側」という説明は、画期的な名語釈として語り継がれているそうです。しかしこの名語釈も、電子辞書の時代には通じなくなるおそれがあります。

言葉の専門家をもってしても、分かりやすくものごとを伝えることは一生の課題なのかもしれません。時代にあわせて伝え方を変える必要も出てくるでしょう。
仕事はもちろん当ブログでも、分かりやすく簡潔に伝えることができるよう、私もすべからく努力していく所存です。
「辞書のようなもの」ではなく、「辞書」を目指して。

 

今朝のお供、
アデル(イギリスのミュージシャン)の『25』。

(佐々木 大輔)

NHK交響楽団

毎年秋は、国内外の主要なオーケストラの新シーズンが始まり、各オーケストラがどんなプログラムを組んでくるのか楽しみな時期でもあります。
中でもNHK交響楽団(N響)は、テレビやラジオでも演奏会を楽しむことができることから、私にとって最もその演奏を楽しむ機会が多いオーケストラといえるでしょう。

私がN響の演奏で思い出に残っているのは、まず、小澤征爾の指揮とロストロポーヴィチのチェロによる「ドヴォルザークのチェロ協奏曲」(1995年)。そして、普段優等生的なN響が珍しく熱く燃え、興奮と感動のあまり泣きながら演奏する団員もいたというチョン・ミョンフンの指揮による「チャイコフスキーの交響曲第4番」(1998年)です。

小澤征爾の演奏は、「ボイコット事件」(*)以来絶縁状態にあった両者が、32年ぶりに共演するという歴史的な演奏会でのもの。折しも阪神淡路大震災発生直後の演奏会ということもあって、始まりと終わりは拍手なしの黙とうにより、静寂に包まれた異例の演奏会となりました。
「今、ここに鳴らさなければならない音」が切実な響きとなって、和解に至る前の張り詰めた緊張感を飲み込むさまを聴くにおよび、真の音楽を前にした時、私的な感情は一切の意味を失うことを思い知らされた演奏でもあります。

さて、N響は今シーズン(2015年9月)から、パーヴォ・ヤルヴィを首席指揮者に迎えました。N響が「首席指揮者」というポストを設けたのは今回が初めてとのことで、ヤルヴィが初代ということになります。
過去にN響と深くかかわった指揮者たちが務めてきたポストは、名誉指揮者や常任指揮者あるいは音楽監督というもので、いったい首席指揮者とはどう違うのかと聞かれても私にはよくわからないのですが、とにかく、これからしばらくの年月、N響はヤルヴィとの演奏を中心に活動していくことになります。

私が聴く限り、ヤルヴィの音楽作りに独裁的な色合いはなく、団員個々から良いところを積極的に引き出した上で、それをリーダーとしてまとめ上げ、ひとつの方向へ導いていくため、オーケストラの自発性が高められ、音楽に弾けるような喜びが輝きます。

N響は、ドイツ・オーストリアの伝統に根差した音楽作りをしてきたオーケストラです。長きにわたりN響を指導してきたサヴァリッシュやスイトナーといった優れた指揮者の薫陶によるところも大きいでしょう。その一方で、デュトワ時代には、エスプリの効いた色彩豊かな音への変化が高く評価されました。
ヤルヴィの就任によってN響の音はどのように変わるのでしょう。
過去の客演、10月の演奏会からは、相性の良さがうかがえます。レパートリーも多岐にわたる指揮者ですし、N響の新しい魅力を存分に引き出してくれることと期待しています。

 

*ボイコット事件(1962年)
若き日の小澤とN響が衝突し、N響が本番をボイコットした事件。
演奏会当日、団員のいないステージに小澤がひとり登壇した。

 

今朝のお供、
DEF LEPPARD(イギリスのバンド)の『ADRENALIZE』。

(佐々木 大輔)

バック・トゥ・ザ・フューチャー

2015年10月21日午後4時29分。
マーティ(マイケル・J・フォックス)とドク(クリストファー・ロイド)が『パート2』でタイムスリップした“30年後の未来”。

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』3部作は、おそらく私が、子供の頃から最も繰り返し観た映画ではないかと思います。テレビのロードショー(テレビ版の吹替えも懐かしい)、ビデオ、DVD…セリフもほとんどそらんじているほど。
学生時代、3部作のDVDボックスセットが発売されたのにあわせて、この3部作を観たいがためにDVDプレーヤーを頑張って購入したことも懐かしく思い出します。

1955年へとタイムスリップした『パート1』のラスト、時計台に雷が落ちるシーンは、何度観ても手に汗を握りますし―結末を知っていても毎回ドキドキできるというのは、エンターテインメントの究極の理想でしょう―『パート2』で再び55年の“パーティの夜”に戻るシーンを観てしまうと、再度『パート1』を見直したとき、ステージでギターを弾くマーティの頭上に、思わずもうひとりのマーティを探してしまいます。
そうそう、この時マーティの弾いた「Johnny B. Goode」(チャック・ベリーが1958年に発表した曲)を聴いたチャック・ベリーが、マーティの演奏に着想を得て、後年「Johnny B. Goode」を作曲したというタイムパラドックスも、音楽ファンをニヤリとさせる演出です。

さて、『パート2』で描かれた“30年後の未来”はどのくらい実現しているのか。
さすがに車は空を飛んでいませんが、天気予報は、秒単位とまではいかないものの時間単位でより精確な予報が出るようになりましたし、3D映像、多チャンネルテレビ、テレビ電話、指紋認証システムそしてタブレット端末…。
マーティが履いていた自動で紐が締まるナイキのシューズは、2011年にナイキがレプリカを限定販売したことでも話題になりました。今年中に“本物”を発売することもナイキが宣言しています(特許は取得済みとのこと)。
これは、『鉄腕アトム』や『ドラえもん』などにもいえることですが、未来を描いた名作が、科学者や技術者たちに、描かれた世界を実現しよう―あるいは、悲劇的な未来であれば未然に阻止しよう―という動機付けを強くするからこそ、実現したことでもあるのでしょう。今年ノーベル物理学賞を受賞した梶田教授も、「主人公のアトムではなく、お茶の水博士に憧れる少年だった」とのことですし。

そして、『パート3』。
最終作の舞台は西部劇の時代にまでさかのぼり、130年にわたって過去と未来を行き来した3部作は、いかにもアメリカ的で前向きなメッセージによって締めくくられます。

そう、「未来は何も決まっていない。未来は自分で作るものだ」。

 

今朝のお供、
ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース(アメリカのバンド)の『FORE!』。
『パート1』の主題歌「The Power of Love」を歌ったヒューイ・ルイスは、映画にもバンドオーディションの審査員役でカメオ出演。

(佐々木 大輔)