今回は、最近依頼が増えている遺言書について少しお話を。
遺言書を残すことで、法定相続分の修正をすることが可能となります。
例えば、相続人が配偶者(夫にとっての妻、妻にとっての夫)と子供が2人という場合、配偶者の法定相続分は2分の1となりますが、配偶者のみに全財産を相続させることも可能となります。
一方で、法定相続割合で相続させる場合でも、それを希望するのであれば、その旨書き残しておくことが望ましいでしょう。
また、遺言書には、「残された相続人のみんなで協力しながら仲良く暮らしてほしい」といった思いを残すこともできます。ただし、この部分には法的な効力はありませんので、「付言事項」という形で記載されることとなります。とはいえ、残された相続人の方々にとって、亡くなった方が明示した気持ちや思いというのは、大きな意味を持つものです。
ところで、遺言書は、民法に定められた方式に従って作成しなければ効力が生じません。民法で定められた遺言の方法には7種類ありますが、今回のブログでは、その中で活用されることの多い自筆証書遺言と公正証書遺言に絞って説明します。
(1)自筆証書遺言
自筆証書遺言の要件は、遺言の全文・日付・氏名を自書し、押印すること、です。
(2)公正証書遺言
公正証書遺言の要件は、以下のとおりです。
①証人2人以上が立ち会うこと。
②遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授。
③公証人が、遺言者の口述を筆記し、これを遺言者及び証人に読み聞かせ、又は閲覧させる。
④遺言者及び証人が、筆記の正確なことを承認した後、各自これに署名し、押印する。
⑤公証人が、その証書は方式に従って作ったものである旨を付記して、これに署名し、印を押す。
(3)自筆証書遺言のポイント
正確に作成するにはハードルがけっこう高いことです。厳格な形式を求められ、ミスがあると遺言書全体が無効になってしまう危険性があります。
また、被相続人が亡くなった後、原則として、家庭裁判所に相続人全員が集まって、「検認」という手続が必要となります。
※「検認」とは、相続人に対し、遺言が存在することとその遺言の内容を知らせるとともに、遺言書の形状、加除訂正の状態、日付、署名など検認の日時点における遺言書の内容を明確にして、遺言書の偽造・変造を防止するための手続です。遺言の有効・無効を判断する手続ではありません。
(4)公正証書遺言のポイント
一般的に、専門家である弁護士又は行政書士が文案を作成し、この文案を基に公証人が公正証書の形式に調えます。
(5)遺言書作成業務
遺言書作成業務は弁護士又は行政書士の業務です。
(6)費用
専門家による調査及び文案作成の報酬のほか、戸籍等取寄せ等の経費がかかります。また、公正証書遺言の場合、公証人の手数料がかかります。
詳細につきましては、当事務所宛お問い合わせください。
遺言書の作成をご検討されている方は、どちらの方式で遺言書を残すのが適当であるのかも含めてご相談いただければアドバイスいたしますので、一度当事務所までご連絡ください。
(佐々木 大輔)
「普通」とは何でしょう。よく言われるように、平均値の人間はどこにも存在しません。目に見えない、存在するかどうかも怪しい、多数による暗黙の合意でしかない「普通」。多様性が求められる現代において、個性的であるかどうかは「普通」を基準として判断されるため、かえって個性よりも「普通」とは何かが問われることとなります。
こんなことを考えさせられたのは、先日、村田沙耶香著『コンビニ人間』を読んだため。
数年前、芥川賞を受賞し話題となったことから読まれた方も多いかと思います。
――主人公の古倉恵子は、30代半ばの現在に至るまでコンビニでのアルバイトを続けている。幼い頃から変わり者であった古倉は、マニュアルに沿ってコンビニで働いている間のみ社会の一員として「普通の人間」でいることができる。しかし、30代半ばで定職についていない、結婚もしていない、彼氏もいない古倉に対し、周囲からの干渉は日毎に増していく。そんな中、新しく男性バイトの白羽が入ってくる。いつか起業するとうそぶき、周囲の人間を見下し、古倉の生き方を「恥ずかしい」として否定する白羽。そんな彼も、実は社会の求める「普通」に適合できないことにコンプレックスを抱えていた――
この白羽という人物がまた曲者で、クズっぷりが凄まじく、読んでいて本当に腹が立つのですが、彼の言動にイライラすること自体、私も普通とか常識とか当たり前といったものに自分が染まっている証左なのではないか、と思ったりもします。
『コンビニ人間』は150ページ程度。しかも純文学特有の持って回ったような表現を使わず平易な文章で書かれていて読みやすい。にもかかわらず、読み終えた後には、正常と異常の境目に立たされたような眩暈(めまい)を覚えるほどのショックを受けました。
もう一冊。こちらはもう、あまりにも有名な三島由紀夫の『仮面の告白』。太宰派を自認する私としては、三島作品には縁遠いのですが、『コンビニ人間』の読了を契機に手に取りました。三島の文章が明晰であるがゆえ、主人公である「私」の素顔と社会の求める「正常」との隔たりが、冷酷なほどに際立っています。
両作品の主人公とも普通の(正常な)人間になろうと、異性を好きになってみたり、同棲を始めてみたりと試みる姿を見るにつけ、三島の苦悩もコンビニのアルバイト店員の苦悩も、「普通」ではない者のアイデンティティー(あるものがそれとして存在すること。本人であること)という部分において根源的には同じなのだ・・・なんて一括りにしてしまうと、文学ファンからは「何もわかっていない」とお叱りを受けそうですが。
今朝のお供、
Manic Street Preachers(イギリスのバンド)の『The Holy Bible』。
(佐々木 大輔)
最近、家族信託(※)についてのご相談が増えております。No.170のブログでも採りあげましたが、家族信託をテーマとしたセミナー講師のご依頼も増えております。
あらためて信託についてご説明させていただくと、信託において、受託者(財産の管理を託された人のことです)が商売として財産管理を行うものを「商事信託」といい、商売として行わないものを「民事信託」というのですが、民事信託の中で家族が受託者になるものを一般的に「家族信託」と呼んでいます。
「信託」のほか、もしもの将来に備えて利用できる主な制度として、「遺言」や「成年後見制度」があります。
「遺言」は、法定の形式に従って作成することで、自分の財産の行く末を生前に決定することができる制度です。
「成年後見制度」には「法定後見制度」と「任意後見制度」があり、「法定後見制度」とは、家庭裁判所によって選ばれた成年後見人等(後見人、保佐人、補助人)が、判断能力が十分でない本人の利益を考えながら、本人を代理して法律行為等を行うことにより、本人を保護したり支援したりします。
「任意後見制度」は、本人に十分な判断能力があるうち、将来において判断能力が不十分な状態になった場合に備えて、あらかじめ自らが選んだ代理人(任意後見人)に、財産管理等の事務について代理権を与える契約を公正証書で結んでおくというものです。
ただし、これらの制度にはデメリットがあることも事実。
たとえば「遺言」には、法定相続分にとらわれず財産を承継させることができるというメリットがある反面、数世代にわたって承継先を決めることができないというデメリットがあります。また、亡くなった夫が、残された妻の生活費のためにと、遺言で妻に財産を残していたとしても、夫が亡くなった時点で妻が認知症等で判断能力を失っていた場合、妻は相続した財産を使うことができないという問題も生じます。
「成年後見制度」には、判断能力が無くなった人の財産を第三者が管理し得るため、資産の保全が可能であるというメリットがある反面、積極的な資産運用(不動産の売却等)ができず、柔軟性を欠くというデメリットがあります。
信託は、これらの制度のデメリットを補うことができるため、これらの制度と併用することで、より柔軟な解決を図ることができる可能性を秘めた制度です。
実務においても、先に挙げた「遺言」や「成年後見制度」では対応しきれない問題に出会うことはたくさんありますし、より柔軟な解決を図るために、今後、信託制度が活用される場面は増えていくことと思われます。ご自身の財産管理の方法のひとつとしてご検討いただけると幸いです。
家族信託についてご相談、あるいはセミナー講師のご依頼をされる方がいらっしゃいましたら、田口司法事務所宛ご連絡ください。
※「家族信託」は、一般社団法人家族信託普及協会の登録商標です。
今朝のお供、
Oasis(イギリスのバンド)の『Definitely Maybe』。
(佐々木 大輔)