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同時履行の抗弁権

今回は、民法の回です。

売買のように、当事者双方がお互いに債務を負う(債権を有する)契約を「双務契約」といいます。これに対して、贈与のように、一方当事者のみが債務を負う契約を「片務契約」といいます。

「同時履行の抗弁権」とは、双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務を履行するまでは、自己の債務の履行を拒むことができるとする権利のことをいい、民法第533条に規定されています。
売買契約を例にとると、売買では、買主には「売買代金を支払う」債務があり、売主には「商品を引き渡す」債務があります。
「買主が代金を支払わない」ときのように、相手方が債務の履行をしない場合、売主は、「あなたが代金を支払わないのなら、私も商品を渡しませんよ」という同時履行の抗弁権を主張することができます。

同時履行の抗弁権が認められるためには、①双務契約から生じた債務があること、②相手方が履行の提供をしていないこと、③相手方の債務の弁済期(期限)が到来していること、という3つが必要となります。
それでは、どのような場合に同時履行の抗弁権が認められるのか、裁判所の考えを見てみましょう。
まず、認められる場合から。
土地の賃貸借終了において、建物買取請求権を行使したことによる代金支払義務と土地明渡義務は、同時履行の関係に立つとされています。
これはどういうことかというと、土地の借主がその土地上に家を建てて生活していた場合、土地を返還する際、借主にはその土地上の建物を貸主に買い取らせる権利があるのです。そのため、貸主には建物を買い取った代金を支払う義務が生じます。この代金を受け取るまでは、借主は土地の返還を拒むことができるというのが最高裁の判断です。ただし、賃借人に債務不履行があって契約が解除された場合には、買取請求権はないとしています。
次に、認められないのはどのような場合でしょうか。
不動産賃貸借終了後において借主の家屋明渡義務と貸主の敷金返還義務は、同時履行の関係に立たないとしています。
敷金は、賃貸借終了後明渡しまでの損害金についても担保するので、明渡しの時点で初めて返還請求権の有無や額が確定するからというのが、その根拠です。
これに対し、学説には、敷金返還を確保するためには同時履行の抗弁権の主張を認めるべきだとして、この判例に反対する見解も多くみられます。

少し長くなりましたので、同時履行の抗弁権の効果については、次回の民法(No.72)でお話しさせていただきます。

 

今朝のお供、
Travis(スコットランドのバンド)の『The Invisible Band』。

(佐々木 大輔)

窃盗罪2-財物

今週は刑法の回です。

窃盗罪を含む財産罪(個人の財産を保護法益とする犯罪)は、客体の違いによって、「財物罪」と「利得罪」に分類されます。
財物罪とは、財物(動産や不動産)に対する犯罪をいいます。
利得罪とは、財産上の利益を客体とする犯罪をいい、以前お話をした2項詐欺罪などのいわゆる2項犯罪と背任罪があります。
すべての財産罪に共通するのは財物罪ですので(たとえば窃盗罪に利得罪は成立しません)、今回は財物罪の客体である「財物」についてお話しをさせていただきます。

さて、「財物」の意義をめぐっては学説においても、財物は有体物をいうとする「有体性説」と、有体物はもちろん管理可能な限り無体物も財物とする「管理可能性説」が対立しています。
そこで刑法第245条を見てみると、「この章(第36章)の罪については、電気は、財物とみなす」と書かれています。
刑法が「みなす」としているのは、もともとは財物でないものを、刑法上の保護の必要性や処罰の妥当性の見地から財物と擬制しているものと考えられます。
したがって、この条文の趣旨は、「原則として財物は有体物に限るものとし、例外的に電気は財物として取り扱うものとしたにすぎない」とする有体性説が妥当であるというのが私の立場です。

では、企業の秘密やノウハウなどの情報を盗んだ場合に窃盗罪が成立するでしょうか。
情報自体は形を有さないので、有体性説、管理可能性説いずれの立場に立っても財物には当たりません。しかし、情報を印刷した紙や記録したフロッピー・ディスクを持ち出した場合には、窃盗罪が成立します。
判例も、会社の機密書類を同社所有のコピー機を使ってコピーし、これを社外に持ち出した事例について、「全体的にみて、単なるコピー用紙の窃取でなく、同社所有の『コピーした機密書類』の窃取である」と判示しています。同様に、大学入試の問題用紙、新薬の情報などについても、情報そのものではなく、情報が化体された(観念的な事柄が具体的な形のあるもので表された)「物」として扱っています。
いずれも情報としての価値自体は財物に当たらないとする考え方です。

 

今朝のお供、
THEE MICHELLE GUN ELEPHANT(日本のバンド)の『LAST HEAVEN’S BOOTLEG』。
ラストツアーのライヴアルバム。海外組に負けないロックバンドが日本にも存在したことの証しです。

(佐々木 大輔)

申込みと承諾

日本の民法には、典型的な契約として売買や賃貸借など13種類の契約(「典型契約」などと呼ばれています)が規定されています。
今回から民法の回は、「契約」についてお話しさせていただきますが、まず総論的なお話から入り、その後、典型契約をひとつずつ取り上げていく予定です。
ということで、今回のテーマは「契約の申込みと承諾」です。

「申込み」とは、一定の契約を締結しようとする意思表示のことをいいます。「承諾」とは、申込みを受けてこれに同意をすることにより契約を成立させる意思表示のことをいいます。

では、申込みや承諾の効力が発生する時期はいつでしょうか。
店員さんと対面で、「これをください」「はい、どうぞ」と商品を買う場合には問題になりませんが、たとえば秋田に住んでいる人と東京に住んでいる人が契約をするときのように、離れた場所に住んでいる者同士が契約を締結する場合に問題となります。
結論は、原則として申込みの効力が発生するのは、申込みが相手に到達した時です。したがって、到達前であれば、申込みを撤回することができます。申込みのはがきを出した直後に翻意し、電話で撤回する場面をイメージしてください。
一方、承諾の効力が発生するのは、承諾の通知を発した時です。
なぜ申込みと承諾の効力発生時期が異なっているのかについては、民法典を起草した委員の間でも争いがあったところですが、現行の民法は、承諾者が承諾通知を発したら直ちに履行(物品の調達など)に移ることができるというメリットを重視しているようです。

とはいえ、承諾通知がなかなか到着しない場合、申込者は困ってしまいます。そこでこれを避けるため、申込者は、「8月31日までお返事ください」というように、承諾期間を定めて申込みをすることができます。承諾期間を定めれば、8月30日に承諾通知が発せられても、承諾期間内に届かなければ契約は成立しません。
ただし、遅れて着いた承諾通知に対して申込者がさらに承諾をすれば、契約は成立します。
また、承諾期間を定めた場合、相手が承諾を発する前であっても、承諾期間内は申込みを撤回することができません。
なお、承諾期間を定めなかった場合であっても、承諾通知を受けるのに相当な期間が経過するまでは、申込みを撤回することはできません。

 

今朝のお供、
R.E.M.(アメリカのバンド)の『COLLAPSE INTO NOW』。
独特な世界観をもった歌詞の内容は相変わらず難解ですが、音楽自体は近作に比べて聴きやすくなった気も。

(佐々木 大輔)