秋の芸術月間

今年の10月は様々な芸術イベントを鑑賞しました。
その中からリマインドしてみましょう。

最初はNHK交響楽団の新コンサートマスター郷古廉さん率いるN響メンバーによる弦楽合奏。会場はアトリオン音楽ホール。
プログラムは、シューベルトの弦楽四重奏曲第14番『死と乙女』とショパンのピアノ協奏曲第1番(室内楽版)でした。
なんといっても前半の『死と乙女』が絶品。
ショパンのピアノ協奏曲は、昨年9月のN響ミルハス公演でも取り上げられた曲でした。
同じN響でオーケストラ版と室内楽版を聴き比べられる贅沢・・・とも思いましたが、秋田ではなかなかN響の演奏を聴く機会が無いものですから、できれば別の曲を演奏してくれればよかったのにな、とも思いました。

続いて仙台フィルハーモニー管弦楽団の演奏会(第4回秋田・潟上国際音楽祭の公演)。こちらも会場はアトリオン。プログラムは、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番『皇帝』と交響曲第3番『英雄』でした。
皇帝に英雄とは、なんとヒロイックな組み合わせなのでしょう。

そして立川談春独演会2025。会場は秋田芸術劇場ミルハス。
折しもクマ出没により、近くの千秋公園が封鎖されているという緊迫した状況下での開催でした。
談春さんの落語を聴くのは昨年に続き2回目。
演目は、「演るのは難しいし内容も面白くない」噺なので談春さんしか演らない(本人談)という『九州吹き戻し』と、メジャーな『御神酒徳利』。
どちらも1時間半近い熱演。すっかり魅せられました。
来年も秋田に来てくれそうな話しぶりでしたので、また聴きに行こう。

ちなみに、明日11月1日は、アトリオンにオペラガラ・コンサート(第4回秋田・潟上国際音楽祭の公演)を聴きに行きます。

ところで、話は変わりますが、昨今話題になっている演奏会での(フライング)ブラボー問題(今に始まったことではなく昔からある問題なのですが)。
曲が終わるか終わらないかのうちに観客が「ブラボー」と発することに対する賛否です。
調べてみたところ、当日問題になったプログラムはブルックナーの交響曲第8番だったとか。
たしかにこの曲、盛り上がったのちに訪れる「ミレド」の終結には、思わずブラボーと叫びたくなる気持ちも分からないではありません。
しかし、この曲を真剣に聴き、本当にブラボーと叫びたいほど感動したならば、むしろ息を呑み言葉を失うのではないかと思います。
なお、「ミレド」の後には休符がありますので、その休符までが作品(一曲)です。

音楽の楽しみ方は人それぞれ。中には「私の楽しみは誰よりも先にブラボーと言うことだ!」という人もいるかもしれません。
しかし、会場で演奏を聴くということは、他の人も同じ空間を共有しているということを忘れてはなりません。自分ひとりではないのです。そして誰より、一音一音緻密に繊細に音楽を紡いだ演奏家たちの存在があるのです。
指揮者が指揮棒を下ろすまでが演奏と思っていただきたい。
演奏中に客席から発せられる音はすべて雑音です。

最後は少し強めの論調になってしまい申し訳ありません。
一方で、今回のブログで取り上げたステージは、どれもみな温かい観客の皆さんとともに楽しむことができたことを、ひと言付け加えさせてくださいね。


今朝のお供、

Oasis(イギリスのバンド)の『(WHAT’S THE STORY)MORNING GLORY?』。

来日公演、やっぱり行きたかったなあ。

                              (司法書士 佐々木 大輔)