最近、コーヒーミルを買い換えました。
今まで使っていたものよりコーヒーが美味しく出来るようになって、幸せな安らぎのひとときを過ごしています。以前のブログ(No.23)でも書きましたが、私は、自分で挽いた豆をハンドドリップで淹れるのが好きなのです。
お店で飲むコーヒーも好きで、素敵なカフェを見つけると、思わず吸い込まれるように入ってしまいますが、それ以上に強い吸引力を感じるのは本屋さんです。もはや抗(あらが)えません。
ちょっと空き時間ができると本屋さんを探してキョロキョロしてしまいますし、友人との待ち合わせに本屋さんを利用することもよくあります。本選びに夢中になりすぎて、友人から声をかけづらいとの苦情はありますが・・・気にしません。
本を選ぶとき、あらすじを参考にすることはもちろんですが、美しい装丁に目を奪われ、「ジャケ買い(装丁で本の内容が好みかどうか見当をつけて購入)」することもしばしば。
他にも、手にしたときのしっくり感、本を開いたときの匂い、紙質と文字配列の妙などに惹かれ、ストーリーの予備知識なしに選ぶことも楽しみのひとつです。
海外の書籍など入手しにくいものは、インターネットで購入しますが、それ以外はなるべく街の本屋さんで買うことにしています。とにかく、本屋さんという空間が好きで好きでたまらないのです。
大学生の頃は、毎日近所の本屋さんに通い、年間300冊ほどの本を読んでいました。部屋に本棚が2つ3つと増えていき、部屋自体が本屋さんのようになっていったことを喜んだものです。
ところが最近は電子書籍が隆盛で、先日もアメリカで大手の書店が破産法申請をしたとのニュースを見ました。
正直に言うと、私も利便性という点においては、電子書籍に魅力を感じています。
また、紙を使わないので環境に優しいことは事実でしょう。場所もとらない。さらには電子書籍ならではの試みとして、小説を映像や音楽と融合させることも行われているようです(私は必要性を感じませんが)。
当事務所には、最新刊を中心として3000冊以上の法律専門書が本棚に並んでいます。
一冊一冊、スタッフの勉強の跡が残った書籍です。
この3000冊の他に、所長が学生時代に使い込んだ法律専門書も数多くあります。
もしもこれらの書籍が、すべて電子書籍になったら?
空っぽの本棚にiPadやキンドルがぽつんとひとつ。用は足せても・・・何だか味気ないですよね。
私は、ハンドドリップで淹れたコーヒーを片手に、紙の手触りを楽しみながらページをめくり、新しい知識の世界へといざなわれるのです。
今朝のお供、
桑田佳祐の『MUSICMAN』。
あなたがビートルズによって「胸が張り裂けた」ように、私は小学生の頃、あなたの音楽で胸が張り裂けたのです。
(佐々木 大輔)
発売は1987年9月。赤(上巻)と緑(下巻)の表紙。帯には「100パーセントの恋愛小説」のキャッチコピー。
恋愛と絶妙な装丁との組み合わせの効果もあってか、クリスマス商戦にも乗り、売れに売れました。
その現象は一時のブームで終わることなく、20年以上経った現在も新たな読者を獲得し、『ノルウェイの森』は村上春樹の代表作として揺るぎない地位を確立しています。
「恋愛小説」、たしかにその通りのストーリーです。
とはいえ、作者自身は「恋愛小説」というより「リアリズム小説」と説明しており、村上作品の特徴である“現実の裂け目”(と私が勝手に呼んでいる)のない作品ということが、初心者にも読みやすく人気を博している理由なのかもしれません。
しかし私には、この作品を読みやすさ故の単純な小説と言い切ることはできません。
本作に至るまでの村上作品の主人公は、失うことを恐れて自ら決定してこなかったという共通点があります。決定するということは失うことと背中合わせの行為です。一方を選ぶとき、選ばなかった一方を得ることはできません。それを避けるがため、村上作品の主人公は自ら決定することなく、向こうからやってくる現実をただ受け入れることでやり過ごしてきたのです。
ところが、この作品の最後で主人公は、失うことを認めたうえである重大な決定をします。これは村上作品の大きな変化を告げる一作でもあるのです。
今週末、映画『ノルウェイの森』が公開されます。
村上作品が映像化されることはほとんどありません。
作者自身も、当時のインタビューでは本作について、「(映画化は)無理ですよ。だれにもできない。僕が一番うまく頭の中でつくったから」と発言していました。
恋愛小説の体を採り、なめらかな運びで「決定と再生」を描いたこの作品を、はたしてトラン・アン・ユン監督はどのような切り口で見せてくれるのでしょうか。
今朝のお供、
The Beatlesの『RUBBER SOUL』。
今回の映画化に伴って、サウンドトラックとしてビートルズの原盤使用が許可されたことも大きなニュースになっていましたね。
(佐々木 大輔)
こんにちは。田口司法事務所です。
私の好きな作家のひとりである吉田修一の代表作『悪人』が映画化され、いよいよ公開が迫ってきました。
いつも観よう観ようと思っているうちに映画の公開が終わってしまい、後からDVDで観ることになってしまう私。今回こそは映画館で観ようと思っています(これもいつものことですが…)。
『悪人』の映画化について、正直に言うと、配役を聞いたときにはあまりピンときませんでした。原作のイメージが自分の中に出来上がっていて、それを誰か既知の人物と重ねることが難しかったからなのかもしれません。それほどまでにこの『悪人』という小説は、しっかりと「人間」が描かれています。
吉田修一という作家は、さりげない筆致で、まるで鋭いメスのようにすっと人間の本質に切り込んでいきます。
例えば、桐野夏生がえぐるようにして本質を暴くのとは対照的な印象を受けます。
しかし、この『悪人』は、重い。
しっかりと念を押すように、人間の思いや欲望を刻みます。
また、吉田修一は様々なスタイルで書き分けることのできる器用な作家です。
『悪人』とは正反対の軽妙なタッチで書かれた『パレード』という小説があり、これも私の大好きな作品です。
『パレード』の方が、先に挙げた彼の特徴がよりよく表れているかもしれません。
もうひとつ。彼の芥川賞受賞作『パークライフ』には、秋田の角館がほんの少しだけ出てきます。興味のある方はこちらもいかがでしょうか。
今朝のお供、
Blur(イギリスのバンド)の『Parklife』。
(佐々木 大輔)