『ノルウェイの森』
発売は1987年9月。赤(上巻)と緑(下巻)の表紙。帯には「100パーセントの恋愛小説」のキャッチコピー。
恋愛と絶妙な装丁との組み合わせの効果もあってか、クリスマス商戦にも乗り、売れに売れました。
その現象は一時のブームで終わることなく、20年以上経った現在も新たな読者を獲得し、『ノルウェイの森』は村上春樹の代表作として揺るぎない地位を確立しています。
「恋愛小説」、たしかにその通りのストーリーです。
とはいえ、作者自身は「恋愛小説」というより「リアリズム小説」と説明しており、村上作品の特徴である“現実の裂け目”(と私が勝手に呼んでいる)のない作品ということが、初心者にも読みやすく人気を博している理由なのかもしれません。
しかし私には、この作品を読みやすさ故の単純な小説と言い切ることはできません。
本作に至るまでの村上作品の主人公は、失うことを恐れて自ら決定してこなかったという共通点があります。決定するということは失うことと背中合わせの行為です。一方を選ぶとき、選ばなかった一方を得ることはできません。それを避けるがため、村上作品の主人公は自ら決定することなく、向こうからやってくる現実をただ受け入れることでやり過ごしてきたのです。
ところが、この作品の最後で主人公は、失うことを認めたうえである重大な決定をします。これは村上作品の大きな変化を告げる一作でもあるのです。
今週末、映画『ノルウェイの森』が公開されます。
村上作品が映像化されることはほとんどありません。
作者自身も、当時のインタビューでは本作について、「(映画化は)無理ですよ。だれにもできない。僕が一番うまく頭の中でつくったから」と発言していました。
恋愛小説の体を採り、なめらかな運びで「決定と再生」を描いたこの作品を、はたしてトラン・アン・ユン監督はどのような切り口で見せてくれるのでしょうか。
今朝のお供、
The Beatlesの『RUBBER SOUL』。
今回の映画化に伴って、サウンドトラックとしてビートルズの原盤使用が許可されたことも大きなニュースになっていましたね。
(佐々木 大輔)