恍惚と不安のもとに

こんにちは。田口司法事務所です。

佐々木倫子著の漫画『おたんこナース』にこんなお話があります。
主人公の看護師は作家太宰治の大ファン。そんな彼女が偶然、見た目が太宰そっくりの入院患者さんを担当することになります。
彼女はその患者さんに憧れの太宰を重ね合わせ、淡い恋心を抱きます。
「きっときれいな愛人がお見舞いに来たりするんだろうなあ」などと想像するのですが、残念ながらその患者さん、彼女のイメージとは全く一致しません。
「勝手な妄想だったんだ」と彼女は自分に言い聞かせると、恋心を捨て、看護師としての仕事に徹する決意をします。
・・・・・・
退院の日。その患者さん、見送りに出た彼女のもとにすっと歩み寄ると、彼女の耳元でひと言、「グッドバイ」。

主人公の彼女のみならず、多くの太宰ファンを悶絶(?)させる秀逸なお話です。
実は、私も悶絶させられたファンのひとり。太宰の作品は、10代の頃、読み耽りました。今でもこの時期になると手に取ってしまいます。
太宰に再会できる喜びに顔を紅潮させて本を開くと、当時の書き込みや傍線があちらこちらに見つかり、たちまち赤面。
それでも、多くの言葉に励まされてきたんだなあとの感慨に、今度はしんみり。

ひとつ紹介しましょう。
「人間のプライドの窮極の立脚点は、あれにも、これにも死ぬほど苦しんだことがあります、と言い切れる自覚ではないか」
(『東京八景』より)

太宰は、人間の弱さに対し、誰よりも敏感で、優しいまなざしをもった作家でした。

6月19日。桜桃忌。
今日の最後のあいさつも、『津軽』から太宰の言葉を拝借して。
「命あらばまた他日。元気で行こう、絶望するな。では、失敬」

 

(佐々木 大輔)